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愚か者の散策


 本格的に拠点移動を視野に入れて行動するようになって、外出を避けるのをやめた。

 リハビリのためにも軽い運動は必要だし、普通に寝ていたって体力が落ちて大変なのに、魔力切れなどという謎の原因で寝込んでいたのだから、復調は至上命題だ。経験のないことだからいつ元通りになるかも分からないのだから、周りの目を気にしていられない。

 体力がなさすぎて、決意した一日目は階段に行って帰って来るだけでヘトヘトだった。なんと大地に降り立つことすら出来ていない。

 そんな状態だったから、初日は軋む関節に周囲の視線を気にしないでいられたが、そこからは戦いだった。


 広がりも縮まりもしない距離で一挙手一投足を監視されているのを感じる。人の気配に敏感だとかそんな特技はなかったのに、探るような視線に晒されて、過敏と言えるほどになってしまった。

 それでも半ば意地でそちらを見ないようにして、足を進める。部屋にいる間も出来るだけストレッチや筋トレをしているけれど、バランスを取るのを忘れてしまったような身体は思うように歩くことが出来なかった。

 だからソロソロと、壁を支えにして慎重に歩く。


「ありがと」


 ダフィートは身体がままならなくて歯を食いしばるときは手を差し出さないのに、周囲の視線に表情を歪めるときはそちらの方向へ動いて自分の身体を壁としてくれた。

 私に合わせていた歩みを止めることで後ろにずれて、ダフィートはその距離で着いてくる。

 転びそうになれば手も差し伸べられるだろう。だけどそれを避けるために壁を使って慎重に慎重を重ねて歩いている私を尊重してくれていた。そのことを含めて礼を言えば、


「はい」


と、視界にいないから分からないけれど、優しい返事が返る。

 そうやってこの世界の優しさを拾い集めて、私がやっと歩いているのを多分、知られている。喚いて、叫んで、それですべてを投げ出したいけれど、それをしてしまったら傷つくのは自分だけではない。だから何とか耐えていて足掻いている人間に、ダフィートという人物は距離を取るのが上手すぎた。

 だから私も、ダフィートこそがこんな日常を過ごして、投げ出すことが出来ずに戦場にまで行ってしまったのだろうなと何となく予想していた。


「ここから先はどうされますか?」


 そんな風に歩いていれば、無様な私の息づかいだけが響く空間に適切な問いが投げられる。

 そこから先は建物の外で、支えとなる壁がない。壁がなくても歩けはするけれど、咄嗟の場合がゼロではないから昨日まではここで引き返していた。

 少しだけ考えて、隣の人に甘えることにして


「出てみる」


と決意すれば、お礼を行った時よりもよっぽど嬉しそうな返事が返る。そしてたった一歩で私の三歩分の距離を縮めて、外への扉を開けてくれた。


「今日は日差しがありますから、目が慣れましたら歩き出して下さいね」

「う……よし、大丈夫そう」


 それは過保護だと行動に訂正を求めたかったけれど、半歩外に出ただけで実際に目が眩んだから指示に従う。暫く動かなかっただけで元に戻ったけれど、窓の外を見ているだけと、実際に屋外で日の光に包まれるのでは随分と違うのを初めて知った。

 優遇された病室は日当たりも良かったのに、と、取り戻さなければならないものの多さに辟易しながら、それでも私は今だって同じ状態になったら駆けだすんだろうなって思いながら顔を上げる。

 深呼吸をすれば、歩く準備は完璧だ。

 自分でも自分が馬鹿だとは自覚しているけど、駆けだせるうちは駆けだしたい。実際に歩き出せばままならなくて苦しくて、恨みつらみを重ねてしまう愚かな身でも。


「あちらにベンチがありますから、そちらを目指されるのはいかがでしょうか?」


 決意の瞬間に差し示された方向を見れば、玄関横の待合にもなる手ごろな近さにベンチがあった。そこで休憩をすれば、帰りもダフィートの手を借りずに自分の力で戻り切る算段が自分で付けられる。本当に賢い人だと思う。


「そうね。近いかもしれないけど、無理はしないで今日はあそこで休憩して戻ることにする」


 十メートルも離れていない距離だけど、眩しさにもやられるような身体ではそれくらいが丁度良い。まるで自分で選んだように選択肢を差し出してくれたけれど、それ以上は無謀だから選択肢なんてあってないようなものだった。

 ああ、本当に賢くて嫌になる。


「ハンカチまで敷いたら、お礼を言わないから」


 ノロノロと歩く私に付き合うのに、ダフィートは私の手がベンチの背についた瞬間に素早く動いて座面の汚れを払った。その様子に、彼の優秀さをよく知るからこそ先制すれば、予定していた手順を遮られたからか、少しぎこちない動きをしてからダフィートは掃除を完遂した。


「ありがとう」


 リハビリを始めてからの服装は、ダフィートが用意できる範囲のものにして貰った。ハンカチの類よりも高級ということはないだろうし、ざっと見たところベンチも使用者が多いのか座るのに躊躇するような汚れはない。

 だからこの掃除だけで十分な気遣いだった。


 そんな遠回りな願いを受け入れてくれた当人は、お礼に微笑みながら、本当にこれで十分なのか迷っていた。意志が強い眉をしているのを知っているのに、リハビリを始めてからは困ったように下げられたものばかり見ている気がする。

 この世界で初めて出会った優しい人は、自分の中の常識と私の求めるものの溝を必死に埋めようとして、いつも困りながら最適を探していた。


「座ったら?」


 歩く以上に覚束ない、座ろうとする私を支えた方が良いか迷った手をダフィートが隠しきる前に、私は着席を完了していた。ベッドよりも座面が硬く、膝置きが支えとして優秀だったから出来た所業で、自分でもびっくりしている。

 中途半端に上を向いて止まった手のひらを本来ならば私に見せたくなかったのか、眉がさらに困ってて、私は思わず笑ってしまう。


「私に付き合ってゆっくり歩く方が疲れるでしょう?」


 見上げれば柔らかな髪色が太陽を浴びて輝いていて、彷徨ったままの眉と手が似合わない。引っ込めれば良いのに、そして出来るだけ悟られたくないと思っているようなのに、弁明も謝罪も出来ずに困り果てている。

 多分、この人は、膝をついてしまう方が楽なのだろうという確信がある。


「ちゃんと一人で戻れるまで休憩すると、長くなるかもしれないし」


 そして命令にはしたくない私についての確信をダフィートは持っていて、そこで身の振り方を決定したらしい。


「では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 本当に賢くて、居心地の良い人だった。

 これで命なんてものを握らされていなければ、うっかり惚れてしまったかもしれないけれど、実際は握らされてしまっているので好意にはほど遠い。信頼をどれだけ積み重ねても、戦友止まりだろうなという確信がある。

 騎士然とした姿を崩さないダフィートは、立っていても問題のない体力があるだろうに、私の負担を考えて座面の半分にちょこんと座る。すぐに立てるようになのかもしれないけれど、ピンと張った背を見ていると、立っていた方がずっと楽なのではないかと思えた。だけどそれは私が踏み込まない方が良い直立な気がするから、気づかなかったふりをして視線を反らす。

 確かなことがあるとすれば、お言葉に甘えているのは私の方だということだった。






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