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一杯の水

「なんて言うか……年月が長すぎてどう判断していいか……」



 王位もそうだし、あの男の愛なのか執着なのかもそうだ。

 下手したら王位が転がり込んでくる立場であったのに、リズさんと出会う以前の歴史関係の蔵書はなかった。そんな男の中心に今も居るリズさんについて、私自身も同一にされるのは真っ平で距離を置いていたけれど、少しは知っておいた方が良いのかもしれない。


 三百年以上のうち、十年にも満たない間の絆を縁に生きるなんて想像も出来ない。そんな感情は持て余してしまうし、私に向けられているわけでもないのに見せられただけで穏やかではいられない。

 正直、ちょっと、想像以上の事実が襲って来ていて、あの男の中の私の価値も見直さなければならなかった。



「まさにその通りでして。三百年以上前の恩を王家がどう捉えているのかは分かりません。ことは継承の問題を孕んでおりますので、王家としても下手に口に出されるのも、出すのもと、距離を置いているふしもあります」



 酷く個人的なことで頭を悩ましていた目の前で、ダフィートが強い王命が下されなかった理由を統括する。横にそれていたのが死活問題とはいえ、説明を求めておいてこの態度はない。

 話の流れは偶然にも遮っていなかったから、心の中でどこまでも誠実なダフィートに謝って思考を主題に戻す。



「王家への献身を恩と呼ぶのも憚るところはありますし、仮に恩があるとしても、それが大魔導士殿個人なのか、フランツィスクス家に対してなのかも分かりかねます」



 それは恩と呼んでいいのではないかと思いつつ、この世界の、この国の人間の感覚としてはそれが正しいのも分かるから、呪いがあるからこそ問える事柄を口にする。

 呪いを疎んでいながら良いように使ってる自覚があるから、嫌悪は自分にも向かっていく。だけど今だけはそれが正しいと思い込んで、不遜を躊躇わなかった。



「行動原理が全く読めないのに、力だけはある男だから、という点は?」



 端的に言えば「王があの男にビビっている」ということだ。

 王命が至上のものだと維持するためには、従わないと分かるなら発しないのが賢い選択になる。不敬に紙一重というか、バリバリに王命の効力を軽んじての質問に、ダフィートは軽く目を見張ったけれど、それ以上の反応は見せなかった。



「あの男、気に食わなければ王であろうとおかまいなしだと思うんだけど」

「……私の所感として率直に申しますと、その点もないとは言えません」



 実際に言葉を交わして、呪いまで受けたのなら、きっとあの男の本質は見誤らない。直接やり取りを見たわけではないけれど、私に対する態度だけで推察は出来る。

 遠回しに言葉を重ねつつも正直であろうとするダフィートに、私はその率直さこそを求めているのだと強く頷く。



「陛下は大魔導士殿とはフランツィスクス家を通して交流を持っていると言われています。直接の交流を避けている時点で、何らかの譲歩を陛下側がしている可能性は高いです」



 少しだけ迷うそぶりを見せて、何かを言おうとする姿をどんなにまどろっこしくても待つ。なんかもう結論は言われている気がするけれど、この遠回りがこの世界の大多数の人間にとっての王命の重さなのだと思う。

 その重さを測っていれば、意を決したようにダフィートにとっての一番重い結論が紡ぎ出される。



「私は陛下の臣ではありますが、命はあなた様に捧げております。万が一に迷うことはありません」



 だがそれは、私の求めている率直さではなかった。

 そう感じる己の身勝手さに辟易して、そして多分だけどそんな風に心底うんざりされているのを知りながら、ダフィートは誠実さを差し出す。



「何があっても守ると誓ったからこそ、今ここにおります」



 ダフィートの想いは重過ぎる。それこそ命と同等と言えるから身に余る。

 なのに私が言葉を交わした二人目の異世界人は、一人目とそう変わらない重さを口にして視線を反らさなかった。この世界の想いの平均的な重量が分からず、嫌悪すら滲んでるかも知れない瞳を覗きこまれて、窮地に陥っているの私の方だ。

 頭の中でグルグルと三百年の月日と戦場の騒乱が回って、自由の利かない身体から出て行かない。魔力とやらが身体中を内からひりつかせられるこの世界は、安全は存在しないと身に染みていた。


 命と想いの価値が逆転する。この世界は私の世界じゃないから、私の思っている命の価値よりも低いのかもしれない。だけど彼が命を捧げると決めたのは、彼のこれまでの生とか、同胞とかの為で、そこには命に値する想いがきっとある。



「リズでいい」



 多分、私が大魔導士たるあの男の、リズ(最愛)を名乗ることで守れるものは小さくはない。

 それは私の名前よりもずっと力のあるもので、はったりにすぎないとしても意味を持つ。


 だから、私に去来する感情は取るに足りない。


 そんなことは分かっている。なのにそのたった五文字を口にするのにこれまでで一番の勇気を使って、これまでの私を否定しなければならなかった。

 この世界で生きるために、今、私は何を犠牲にしたのだろう。

 眩暈がするくらい入り乱れる価値に翻弄されて、断言が出来ない。それでも目の前の男は、私が戦場を駆ける理由とした、一杯の水を差しだした少年と同じだった。あの一杯の水と同等のものを差し出されたら、己の馬鹿さ加減に頭を抱えていたって何度だって駆け出す。



「リズ様」



 命に代えても、もしかしたら命よりも重いもの(王命)に代えても私を守ると言い切る男から発せられたこれからの名は、やっぱり身に馴染まず、ただただ重いだけのものだった。

 だけどもう、これは私の意地なので、私も大概の重さの想いを持っているだけでしかなかった。





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