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情報収集

 身体がまともに動かない苛立ちはあるのに、うっかり嫌悪を抱こうものなら死にかける男相手に安全な話題と言えば、大魔導士(クズ)のものしかない。話さなくても良いのだけれど、情報収集はしたいし、死にかける男は死にかけるゆえに私の安全は確かだから、他を頼って良いかも判断出来ない今、選択肢は少ない。



 ――ダフィートに聞くか、聞かないか。



 その二択しかない状況で、私はたった一つの信頼を頼りに前者を選ぶことにした。

 ここで言う信頼は、大魔導士(クズ)の話題なら怒りの矛先は大魔導士(クズ)へ向かう、というものだ。あの男の身勝手さだけならば、この世界で一番信用がおける。

 なので手始めにあの男がいつから大魔導士なのかをダフィートに問えば、



「三百年以上です」



と返されて、



「へ? 三百年? 三百歳ってこと?」



と思わず素で返していた。騎士が忠誠を誓うにはほど遠い淑女なのはもうバレバレだから、開き直ることに決めていた。崇高なる大魔導士様のことも、あのバカ、くらいなら口にしそうだけど、それに関しては少し様子を見ようとは思っている。

 ベッドから出るのも困難な状態では、バカの二文字がどれくらいまずい事態を引き起こすかが分からないからだ。そのための情報収集だった。



「大魔導士となられて三百年以上、です」



 何代も前、とかの、一か二ですまない代数を口にしていたり、蔵書の版数とかで百年は経っているのではないかと予想はしていた。正確な今の暦が分からないから、最大予想年数だ。なのに最大予想年数の三倍以上だと言われて、面食らう。


 唯一の知識の仕入れ先である書籍たちは、改定数は書いてあるけど改定年は書いてなかった。本に奥付が存在しなくて持ち主に問いかければ、そんなものは存在しないと、逆に興味を持たれて質問攻めにされたほどだ。

 奥付は長らく日本独自の文化だったとは聞いたことがあったけど、全ての質問に答えられる知識はないから、困ってしまって結果うやむやにされた感がある。



「他にいる? 長命って言っていいのか、その、長生きしてる人」

「百を超えるのは数人いらしゃいますが、二百を超えるのは大魔導士殿だけです」



 わたしどもが知っている範囲では、と付け加えられて、最大予想なんてあってないようなものだと身に染みた。

 時を止める魔法とやらも存在するのだから、可能性はちょっとくらいあるなって思っていたけれど、それが実際だと言われるのは受け入れがたい。

 百年と言われれば自分の老齢期かぁ……と想像もギリギリ出来るけれど、三百年は想像すら出来ない。百年先に宇宙旅行が出来ると言われても無理だと断言出来るけど、三百年と言われると信じてしまうかもしれない。そんな違いがある。



「私の髪だけ伸びてから、察してはいたけどさ……」

「散髪師を呼びましょうか?」

「……やめとく。切った髪をどうして良いか分からないから」



 こちらの世界に飛ばされてから伸びた髪は、邪魔になって一度自分で切っている。なのにあの男は一切変わらなかった。魔法かもしれなかったが、まともに切るスキルはないと断言されて、自分で何とかしたのだ。

 肩より先に伸びたから出来たことだったけれど、髪というか爪も含めて身体の一部だったものには魔力が宿るからと凄まじい勢いで回収された。散々コケ下しておいての態度に解せねぇなってなってからはタダでやりはしなかったけれど、リズさんとニアミスな名をもつ身体に宿ったリズさんに近い魔力は触媒として優秀らしく、あの男が珍しく取り乱して懇願するくらいには貴重だ。

 私の持っているものの中で、唯一あの男に交渉材料として差し出せるものでもある。生存戦略として、可能な限り有効に使いたい。



「分かりました」



 そんな事情を知らなくてもダフィートは私の意思に神妙に頷いて、私だったものも守護の対象だと心得たとばかりに思い詰めていた。

 その様子に心がざわめくけれど、私の残骸にばかり執着する大魔導士サマの方が不快なので、呪いはみじんも反応しなかった。怒りや不快感を根こそぎ持って行ってくれてありがたい。流石は信用のおける男だと、心の中では舌打ちの連続だ。



「えっと……話を戻すけど、長命なくらい偉大だから王命を退けられるの?」



 現況、ろくでなしにヘイトを集める作戦は大成功だから、情報収集を進める。

 ここまでの待遇で大魔導士がどれだけ偉大かは理解していた。だけど戦線が国境を超えるまで参戦しなくても許されていた理由は分からない。

 ギリギリまで粘ってもこれ以上王命で逆らえない、と説明を受けていたけれど、私はもうリズさん絡みでのタイミングだったと知ってしまっている。なのに私の安全のためだと戦場まで連れて来られていたから、私は何に警戒すれば良いのかも教えられないままベッドにいた。



「それは分かりかねます。ご生家のフランツィスクスは大貴族ですが、その名で退けられるほどの、と言われると断言は難しいです。ただ……」

「ただ……?」



 貴族というのは敵が多いのだと思う。馴染みがなさ過ぎて良く分からないけれど、丁寧な扱いと腫れ物のように扱うのは明確に違うと身に染みていた。明らかに後者の扱いを受け続けているから、さっさと理由が知りたい。

 やっぱり腫れ物を扱うように言葉を選ぶダフィートを促しながら、歩く核兵器みたいなものだからとは違う理由があるのだと確信していた。



「大魔導士殿がまだフランツィスクスであった頃に、フランフィエティクス王家が揺らいだことがあります」



 ツィがあの男の実家で、フィが王家だと雑に判断してる名前を出されて身構える。

 フランまでは一緒なおかげでその三文字に何が続くかで判断すれば良いのに、それでも馴染まない苗字は難易度が高い。


 ちなみに国名と首都名まで頭三文字はフランだから、フランが溢れすぎている。国名と首都名は王家のフィだからフランフィまでは確定だけど、以降が憶えられていない。どっちがどっちか本気で分からなくなる。

 だけど、だからこそ三文字が一緒だった男は、王家に近い元高位貴族で面倒な立場なのだろうと判断していた。



「王家が潰え、一代前に嫡子としては認めず養子に出された方の血筋が王となったのです」

「廃嫡されたのに王になれるものなの?」

「廃嫡とは少しニュアンスが違います。王位継承に差しさわりのないよう外に出したので、立場が定められてなかっただけ、とも言える状況でした。明確に廃嫡とされていたら、王にはなれなかったでしょう」



 その一代前、あたりから王位継承でゴタゴタがあったということか、と予想しつつ、深く突っ込むのは控える。三桁前の話ならば、表面だけ知っていれば良い。

 そう思った私の意思に沿おうとした訳ではないだろうけど、ダフィートも要点だけを続けた。



「ですが混乱は避けられませんでした。血の濃さは間違いないのですが、系図からは外れておりましたので、一部からは簒奪者として扱われました」



 簒奪者、という不穏な単語に眉が寄る。戦争を間近に見たばかりだったし、流し読んだ歴史書の類には王位継承をかけた争いは珍しくなかったからだ。

 ダフィートの説明してくれている王位継承問題がそうなのかは分からないけれど、偉大なる~とか、いと高き~とか装飾が多い上に人物名を必ずフルネームで記してあってお手上げだった。しかも長い名前の中に一つだけ違いがあるから別人、とかも少なくはなくて、登場人物の把握だけで匙を投げたけれど、その匙は一つや二つじゃなかった。

 だから寄ってしまった眉を見たのか、ダフィートは分かりやすく穏やかな声を出した。



「当時、女性で最も継承順位が高かった方を王妃に迎えることで正当性を担保して、戦争は避けられました」



 ダフィートの穏やかな声に、こういった気遣いを見せる人だから恨みたくないのだとざわつく感情を抑え込む。血と継承権が合わさればOK、という事実に集中して、中世ヨーロッパ辺りの価値観はそうだったはず、と知識と照らし合わせた。

 この世界の歴史書ももう少し真面目に読み込んでいた方が良かったかな、とは思いつつも、自分の世界に帰ることの方が優先で、今だって命の危険と天秤にかけてやっと情報収集を選んだのだから仕方ない。せめて誠実に話してくれているダフィートを裏切らないようにしたい。



「そして性別を問わず最も継承順位が高かったのが、王姉を母としていたフランツィスクス当主でした」



 王姉を追い越して順位が高いことはないから、母君は亡くなっていたのだろうか。

 可能な限り私の心情に沿おうとする声は、だからこそ穏やかで子守歌のように聞こえ出してて匙を投げかけてる。自分から聞いておいてなんだけど、興味を持ちたくないから優しい声に身を委ねて寝てしまった方が楽だって分かっているから思考は飛びがちだ。



「フランフィエティクス・フランツィスクス王朝を築くことも可能でしたが、御当主は王位を譲りました」


 その王朝、まとめてフランフィツィとかにしちゃだめかな。

 散々、似た名詞に理解を阻まれた身として、完全に思考は脱線していた。流れは理解できるんだけど、固有名詞にも怯んでて、ついていけなくなりつつあった。名前は憶えなきゃ失礼という気持ちと、この世界のことなんて詳しく覚えたくない気持ちが鬩ぎあってもいて、集中力が限界だ。


 少なからず三百年前の話で、三百年前の因果なんておとぎ話に等しい。寝物語を聞かせられている気分になってもおかしくないという気もあった。

 だけど次に放り込まれた事実に、集中力が強引に覚醒させられる。

 


「そして譲った御当主が、大魔導士殿の兄君に当たります」



 思ったよりも近しい人物との繋がりに、当事者も当事者すぎて眠気を連れてきた身体のだるさも気にならない。



「あのバカが王家になっていた可能性があるってこと?」

「はい。それか兄君が王家を継ぎ、大魔導士殿がフランツィスクスを継がれたかもしれませんが、どちらにせよ兄君に次いで二番目の継承順位でした」



 そのすべてを投げ捨てて、あのバカはカークライトになった。

 世が世ならって言い方も、三百年前だと当てはまるのか分からない。でもとりあえず分かるのは、やっぱりあの男は面倒くさいということだ。

 それと、私が最大で百年としていた理由――リズさんの蔵書の年代と、バカ男の生年がずれているのを確信して、心底どんよりする。


 三百年以上生きて、彼らの生が重なったのは十年にも満たない。

 口にしないと決めていたはずなのに、バカ呼ばわりしてたのにも気づかないで、知れば知るほど恨んでいれば良かった立場を削る事実に打ちのめされていた。

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