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「当家が何より優先するものは、聖女が誰かではなく、リズ様の御身です」
そのために必要ならば代理も立てる。それが当主の娘でも。
兄も兄なら妹も妹で、暗に代理と語られても笑みは崩れない。その薄ら寒さに身を固めていたら、当たり前は進んでいく。
「若輩の身ではありますが、私は我が国の魔導士を統括する立場でもありますので、誰を聖女とするかを掌握していると思って頂いて構いません」
「あの男も含めて?」
「書類上は」
皮肉のつもりはなかったのに皮肉になってしまった問いにも、当たり前を語る男は揺るがない。
皮肉を言いたかったのではなくて、当たり前に語られる絶対的な権力を前に、それ以上とされている男について知りたかったのだ。本来ならば生まれ育った世界にもある目の前の力の方が魔力よりも馴染みがあるのに、魔力がもたらす奇跡が圧倒的過ぎて感覚が馬鹿になっていたのか、知った力と比べることで改めてあの男に命運を握られている状態が心もとなさすぎた。
「もちろん、我が祖に反対されればその限りではありませんが、この件に関しては賛成して頂けるものと考えております」
そんな私の不安な表情を誤解したのか、表情を変えなかった貴族は、私を慰めるように優しく表情を緩める。視線も声も緩んだけれど、私の一挙手一投足を観察しているのは変わらないのだろう。分かりやすい変化だからこそ疑いようがない。
「かの地は我が祖が思うところ地であり、自ら足を踏み入れることはありえません。それゆえ、リズ様に関わりが生まれることを避けられると思われます」
私のではない私の名前なのに、私のことを言われていると分かってしまう。気もそぞろだったから間違えてもいいものなのに、間違えない自分が嫌になる。
リズさんという存在を前提とした私の立場は、着慣れないドレスにも見合わなくて、何もかもが嫌になる。それでも現実から逃げて、不安になってばかりもいられなかった。
嫌で嫌で仕方がないのに、初めて着けられたコルセットが私の背を真っ直ぐにさせていて、それが自分であることを支えていた。姿勢をコルセットに任せて、気を確かに前方を見やる。
圧倒的な現実は、淀みなかった。
「現在奪還を試みておりますエルスラムはリズ様がお亡くなりになった場所にほど近く、最後をお二人で過ごされた街なのです」
私はそれを誰からも聞いてはいない。聞いてはいなかったけれど、似た理由は予想していて、だから奪還戦に勤しんでいるのだと思っていた。少なからず勤しむなんて単語が適応されるなんて、リズさん以外に理由はないから、予想と言えるほどのものではなかったのかもしれない。
だがそれで、意向を確認しに元帥自ら足を運んだ理由も分かった。扱いの難しい街に私の意思を介在させて、一番の功労者の、偉大なる魔導師の不興を減らすか反らすかの保険をかけたいのだろう。私が何を言ったとしても、私の意向はマージンになる。
少なからず、勝手な振る舞いが許されている私の意向の範囲内ならば、御曹司も行動がしやすい。
「……それを私に教えて下さるのはどうしてですか?」
「我が祖が大切に思っている方ならば、当家にとっても大切な方だからです」
「あなた方よりも優先される存在は、目障りではないのですか?」
優先とかいうほどの優先ではないけれど。あと、多分、その、絶対に口に出せないけど、あの男の中でご実家とやらの価値が低いから、相対的に私が上になっているだけだ。だがそんなご実家よりさらに下、というのがこの国、ひいては世界だ。
最愛の人のいない、を頭に着けると、無価値な中に相対的な評価が辛うじて存在しているだけなのがあの男の内情で、破滅的な力と、やたら情熱的な空洞で構成されている。
「当家と敵対する予定がおありですか?」
「いいえ。ですが決めるのは状況です」
遠回しに答えたところで、煙に巻かれたら応戦するスキルはない。知識すらない。あの男に間違いなく贔屓はされているけれど、それだって絶対じゃない。
あの男の許してやっても良い範疇にあったから周りから見れば贅沢を与えられていただけで、それは私がこの世界に居ること自体が証明している。だから私が将来的に敵対するのは、目の前の一族だけではなく、あの男そのものかもしれなかった。
「私が敵対したらどうされますか?」
だから単刀直入に問いかけた。かなりの覚悟を要した質問だというのに、あの男の何代先の男は、祖に似た綺麗な笑みでこともなげに言い切った。
「その時は、プロポーズを持参させて頂きます」
にこりと笑った男の目元は、確かにあの男にそっくりだった。
笑ったところを見たことのないのにそう思わせるから、平民だろうがなんだろうが当主自ら婚姻を結ぶことで紡いだ、前例がある一族の後継は底知れなかった。




