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女神の輪舞曲

戦場で救われた騎士。

 怒り。人を殺す絶望。

 どうしようもなく絶望しながら怒り狂って、その人は希望となっていた。


 ダフィート・アルフェリドリーは誇り高き騎士として、また同族の希望として戦場(そこ)にいた。

 もう戦争は避けられない相手は、百年前まで同盟国だった。同盟の証にと、互いの尊き血が交わされて姫君が輿入し合い、蜜月を作り上げようと努力し合えていた相手だった。

 正確には、そこまでしてでも戦争へ至れない抑止力が存在していた。



 大魔導師ジルベスター・カークライト。たった一人で一国を滅ぼすと謳われたその力は、例え見せかけでも同盟を結ぶ強さがある生きた伝説だった。



 花嫁はそれぞれ王と皇帝という名称は違いつつも、国の頂点の四等親以内と定められた姫君で、確かな血統を有していた。

 しかし互いの血の尊さから真に交わることはできずに、後見人となって花嫁は下げ渡された。当然、どちらの国でも姫君に相応しい家格は維持されて、だ。


 そのために代々王の剣として名高いアルフェリドリー家に白羽の矢が立った。過去に国母も輩出したことのある名門中の名門でありながら、他の諸侯よりは血統に拘りをもたない。剣による武勲を誇る家系は、その力で家格を維持していると誇っていた。そういった条件が合致し、王の娘として異国の姫は下げ渡され、花嫁となった。


 それがダフィートの祖母であり、つまりダフィートは、四分の一だけ王の養女と敵国の皇帝の血が混じっていた。

 血の尊さでは間違いはない。王の養女となる前から祖母は皇帝の姪とされていたが、皇帝自身が側妃に生ませた実娘だった。政変により正妃より側妃の出自が尊くなる可能性が生まれ、嫡子の立場が危うくなりかねないという配慮から側妃ごと実弟に下げ渡されて姪として育っていた。

 側妃は隣国といっても元を正せば同じ祖を持つ王家の姫で、祖国にとって旨味のある領土に封じられた皇弟の正妃の方が、皇帝の側妃よりも利点があったからすんなりいった。祖を同じくする王室同士は、互いの皇位継承に干渉し合わない不文律があったからもある。

 そんな高貴な血をひいていながら、敵国の血であるという一点だけが、ダフィートのすべてを形作っていた。


 そしてトップが交われるのだから、下々も交われた。頂点以外の高みでは見られなかったが、交易が盛んになれば自然と交流も生まれる。二国のどちらもをルーツにもつ子供たちが誕生し、この国のあちこちに住んでいた。

 しかし同盟締結百年を前に情勢は変化し、日に日に居場所をなくしていく。なくすだけならまだましで、祖国が祖国のまま、地獄に成り代わっていた。

 ダフィートですら由緒ある血統に変な血を混ぜることになった憐憫と侮蔑を肌で感じて生きていたのだ。

 当時のとは言え、王の采配である。誰も表だって口にはしなかったが、アルフェリドリーの属する階級では、混血が相容れるはずもなかった。



 ここで自分が少しでも武勲を上げれば、混血の立場は改善されるかもしれない。



 信用なんてあってないものだから、混血の者たちは戦場に立つことすらできず、死んでその地位を少しでも上げることすらできなかった。

 混血を部隊に入れれば、誰もが後ろから刺されると思っている。ダフィートが参戦を許されたのは、三分の一の血統と王家の命令があったからだ。それだけがダフィートを辛うじて生まれた国の味方にさせていた。

 だがダフィートにとって、敵も味方も、この戦場にいる誰を切っても同胞だった。


 四分の一の血統に頼って願えば敵国が味方になる、などという夢物語はない。戦果を上げても、四分の三の血統もダフィートを真の味方とはしないだろう。

 だがそれでも、戦わなければ失うものが多すぎた。ダフィートの命一つで改善できるものなどないと剣を放棄すれば、更なる恨みが死すら許されなかった仲間たちを襲う。

 なんでここまで世界を地獄にしなければ、ジルベスターは参戦して来なかった。大魔導士の力は衰えたとは聞いてない。実際に参戦すれば、怒涛の快進撃で戦果を挙げていると耳に届く。

 王ですら簡単に命じられない高みにいるのは知っている。だが、これでは世界は彼の児戯で左右されるおもちゃでしかないじゃないか――


 そんな恨みを噛みしめて、剣で刺された脇腹の痛みより耐えがたい痛みを堪える。

 だが時間の問題だった。もう剣を握る手は握力を失くしている。誰のものとも知れない血でぬめって仕方がなかったから、布を巻いて固定したのはだいぶ前だ。だから手放さずに済んでいるだけの剣でしかなかった。

 みっともなくて、格好悪くて、とてもアルフェリドリーの騎士としての誇りなどあった姿ではなかったが、それでも最後まで剣を手放すわけにいかなかった。



 ――早く終わらせてくれ



 怒りは諦めになって、終焉だけを願っていた。そして崩れ落ちる身体は、これで終われるのではないかという期待に満ちていた。まだ少しでも力が残っていたのなら立ち上がらなければならない。

 終わりであって欲しいと願いながら、それでも顔を下げずにいたダフィートの耳に、息を飲む音が聞こえた。



「っ……!」



発したのは大魔導士の弟子だと遇されていた少女だった。偉大なる大魔導士が庇護する弟子で、本人は常に不機嫌そうに一言も口を開かず大魔導士の隣にいた。

 戦場としては最前線ではないから、彼女の身は基本的にここに置かれて守られていた。だから戦端が開かれて――最前線ではないが、前線には変わらないので交戦自体は珍しくない――真っ先に逃がされたと思っていた。大魔導士は彼女が居るから、ダフィートの部隊を中心として各地の交戦地を転々とすると定めていた。

 弟子でありながら参戦禁止を厳命されていて、王ですら一筋縄では動かせない存在に、庇護されていた娘。



 ――なのに何故、自分と同じ瞳をしている。



 今すぐ殺してくれと言わんばかりに絶望した瞳の深さは、視線を交わした一瞬で見て取れた。嫌悪も侮蔑もなく凪いでいて、理由を読み取る余地はなかった。絶望か破滅願望以外の単語が読み取れない。

 何故彼女がここに居るのか。何故彼女がそんな瞳をしているのか。

 何一つ分からないまま彼女はダフィートの前で髪を振り乱し、柔らかな布地を泥と血が混じった液体で汚しながら立っていた。



「誰も死なせない! 私の前では誰も! 諦めろ!」



 だが次の一瞬で吠えかかるように叫んだと思ったら、身体から痛みが引いていく。魔術の行使だ、と思い至る前にダフィートの身体の方がその恩恵に預かっていて、彼女が大魔導師の弟子であるのに間違いないと知った。



「その為に誰を殺しても! その為に何を踏みにじっても!」



 同じ瞳をしていると思ったのに、その瞳には強烈な怒りが極彩色として煌めいて、見る者を惹きつける輝きがあった。すでに死にたいと願っていたダフィートすら引き寄せられる輝きは強烈で、その分だけ美しかった。

 なのに彼女が全身にまとうのは、怒りで、悲しみで、ダフィートと同じものだった。それを美しいものにさせてまとう姿を、ダフィートは仰ぎ見る。



「私が死なせないと決めたのだから!」



 だが見とれるだけの時間はなかった。誓いのように叫んで、彼女は去って行く。美しい怒りに支配されたまま、周囲に魔法をまき散らし、奇跡と祝福を振りまいて。


  地に伏している者にすべからく魔法を振りまき、彼女は駆けていく。泥が跳ね、血が跳ね、髪が跳ねた。

 祝福を受けた者が今のダフィートと同じく奇跡の姿を焼き付けようと身を起こすから、彼らも救われたのだとダフィートは知ることが出来た。

 ダフィートと同じく傷つき、倒れた者たちが顔を上げる。指一本動かす力すらなかった者たちがそうして花開くように顔を上げるのを、ダフィートは見つめていた。



 彼女の走った道にだけ、美しい軌跡が煌めいていた。



 ずっと見ていたい。最後に見るのがこの光景ならば、どんなに幸せな死だろうと思いながら、女神がそれを望んでいないから、祝福を受けたダフィートは今、死ぬことはない。しかしその不条理すら女神の所業だと思えた。


 だがその疾走は何時までも続かない。彼女は女神のようにその指先で軌跡をもたらせたが、ただの人間に変わらない。その疾走には限度があり、終わりがある

 だから当然のものとして、彼女は崩れ落ちる瞬間を迎えた。最後に見るのがあの奇跡が崩れ落ちる瞬間なんて嫌だと思う。だが回復したとはいえ、ダフィートの身体は動かなかった。



 助けたい。支えたい。彼女の疾走が、彼女に救いをもたらすまで。



 そう願って見ても、現実は変わらない。しかしいつだって、ダフィートに出来ないことを成し遂げるのは、一人の伝説だった。



「リズ!」



 従軍魔導士として、いと高き所で超然と猛威を振るっていたはずの大魔導士が叫ぶ姿に、ダフィートは崩れ落ちた女神の名を知ることとなった――

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