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 そして自身が交渉の余地があるからこそ、あの男にとっての【リズ・カークライト】がどういったものかは分かっているのだろう。私がリズを名乗ることを許されているのなら、としたのも納得で、目の前の大貴族様の血筋は半分はあの男と同じだけど、半分は私と同じだった。


「お立場は理解しました。その上で、何故私に会いに来たのですか?」

「ご意向をお聞きに参りました。リズ様はご自身のお立場をどの程度、把握されていますか?」


 質問をしたら質問で返された。とはいえ、答えは貰っている。返答には困るけれど、今度は私が答える番だった。


「聖女などと呼ばれていることくらいです」


 短くても私が答えられる精一杯だ。自分のことだろうと言われても、自分を取り巻くすべてが手探りなのだ。あの男の下にいた時に読み漁った本たちは、現実の世界を知ろうと言うよりも、物語を知ろうとする態度だったし、引きこもりたければ幾らでも引きこもれたから、聖女というのがどんな存在なのかも分かっていない。そもそも魔法と言う存在に興味を惹かれすぎて、宗教ってあるの? からして謎だった。聖女って宗教に紐づけられた単語の、はず。


「我が祖は神聖視……といよりは、神格化された存在になります」


 人ならざる時を生きているのだ。それだけで神格化も分からなくはない。だけどこの国は王政で、王の号令一つで戦争は始められて、あの男も戦場へ行った、はず。

 確定で言えないのは私自身が可能な限りあの男の事情など知りたくなかったし、それはあの男もそうだったからだ。

 はずはずばかりで嫌になるが、あの男は私の事情を知りたくもなかったし、自分の事情も知られたがらない最低な野郎だったから、悪い意味で相性が良すぎた。


「その心を動かした女性ともなれば、そう呼ばれるに相応しい」


 そんな最低野郎とはいえ、その評価も少しだけ分かる。

 『リズ・カークライト』はそれだけ偉大で、だから私自身が心を動かしたなど全く思っていない表情で語られる言葉は真実だと思えた。


「皮肉ではなく?」


 だけど問いにみせかけた当てこすりは許して欲しい。

 私自身ではない私。それは誰だと癇癪を起したくなるよりはましだと思って欲しい。しかし自分の性格の悪さを自覚して発した言葉は、しかしあっさりと切り捨てられた。


「この戦争を勝利で終えたい貴族にとっては」


 動揺の一つも見せられずに返された言葉は、平坦だから自分の愚かさを見せつけられたようで奥歯を噛む。

 そして真顔で語る貴族中の貴族が抱えるものの片鱗は、私が持ち得るものの想像を超えていた。


「平民でも魔術は使えます。ですが、リズ様の使用した規模となると貴族以外ではありえない」


 貴族でなかったとしても貴族とする。そして平民であれば実情を知るまでには至れない。

 それを世の理を説くような威厳もなく、息を吸ったら吐かなければ死んでしまうと誰に教わることなく知っている事柄を明文化しただけの自然さで語られる。


「一般国民にどう捉えられるかは未知数です。一部ではおとぎ話の存在になっておりますので、存在自体を信じない可能性もある。それでも英雄の活躍を、その隣にいる清らかな聖女の存在を、嫌いな民衆が居るとは思いません」


 最低ラインが貴族なのだから、平民自らそれ以上の聖女とすることを後押ししてくれるのなら願ったりかなったりなのだろう。それを隠そうともせず、貴族を体現した男が語る。

 背後に立つダフィートの革手袋が握られる微かな音を聞きながら、それでも貴族ではないのは私一人である現実に身構えて続きを待った。


「そして当家には、聖女を用意する準備があります」


 言葉と共にチラリと動かされた視線の先には、誰も訪問を想定していなかった妹御がいた。つられて私も視線を動かすと、私には逆立ちしても出来ないような上品な笑みを与えられる。反射のように笑みは返せたけれど、挙動が可笑しくなかったかの心配ばかりをすることになった。


 顔と表情に所作までふわふわと可愛らしく完璧なのに、柔らか印象を与えながら妹御の髪色は単体でみるとビビットで目のやり場に困るのだ。多分、私がこの世界に生まれていればその色の強さを珍しく思わなくて、可愛らしく溶け込んでいたとは思う。でもそれなりに見かけていた金髪でも私の知る大多数より天然の色は鮮やかさに珍しさを感じるのだから、ピンクは戸惑いすら覚える。

 でも凄く似合っているし、可愛らしさは損なわれていない。そんな奇跡的なバランスで少女に一歩だけ足を進めただけの淑女がにこやかに笑っていた。


 聖女すらも私である必要ななかった。

 私ではない私。強い力を使うからこその貴族。そこに『真の己』など必要なく、私の葛藤なんて児戯でしかない。彼らは息を吸うように貴族なのだ。

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