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何かを堪えているか処理しているかは分かっているからか、目の前の兄妹はそんな私の態度にも何も言わなかった。
とは言え、彼らがどんな立場であれ、放っておけないので立ったままの二人に手を出しだして着席を促す。基本的なジェスチャーは、私の世界と齟齬がないのはあの男との生活で知っていた。
「お気を揉ませて申し訳ありません」
苦笑を漏らしながら座る男は、それでも威厳がある。
貴族然とした風貌は素らしい。いや、貴族なんだから当たり前なんだけど、実物なんてダフィート以外は知らなかったから、想像上の貴族そのままな様子に感動すら覚えた。当然。危機を脱したからこその余裕である。
あの男にまつわる不満全てを溜息で吐き出して、私のことを見ちゃいないのを否定すらしない男と一個人として相対するために目を開く。あの男の血族らしすぎて、取り繕うのは馬鹿らしいから姿勢を戻すことはしなかった。綺麗な格好をさせてくれた人にだけは申し訳なく思う。
「実家とは仲が良くないと聞いていたもので、気は揉みました」
聞いていたというか、察していたというか。
10cm以上髪が伸びるくらい一緒に居れば、家族の話くらい出るときもある。そんな時にとてつもなく複雑な表情をするものだから、それ以上触れないくらいの分別はある。リズさんという存在を抱えている身としては、デリケートな話題にこれ以上踏み込みたくはないというのもあった。
「折り合いが悪く出た家なのは確かですが、当家はリズ様の妹御の血も引いております」
え、それはプラスに働くことなのか? リズさんとあの男の関係の正確なところは知らないが、元々家同士の縁があってなら、折り合いが悪くなってもリズさんに連なるのは有りなのか?
リズさんの生家を知らない私は、元から婚約者だったとか、貴族同士だったとか、そんなのすら知らない。
私が知っていることと言えば彼女が姉弟子で、そこそこ相思相愛で、あの男の最愛と言うことで、その中でも最後だけ知っていれば事足りた。だから溢れる疑問を一つ一つ吟味していれば、とてつもないことをぶち込まれた。
「戦後まもなく困窮していた妹御を保護したのです」
思わず血の気が引いたし、口元が引くついた。
あの男がそれを許すのか? 許すとは思えないぞ、と、問いと回答がセットになるような自明な感想は、隠そうとしていないからドストレートに表情に出ていたらしい。御曹司殿は少し苦笑をこぼしてから、穏やかに続けた。
「当時は険悪だったとは聞いておりますが、リズ様のご出身は平民の中でも困窮著しい層で、事実、妹御以外のご家族は飢餓が原因で既に亡くなっておられました。当家が保護しなければ、当時乳飲み子で、乳を借りることで唯一の生き残られた妹御まで亡くなるのも時間の問題でした」
乳児だったから助かったのなら、本当にギリギリだったんだろう。
乳を借りると言うのがどういった状況なのかは分からないから、リズさんのご家族がだけが貧しかったのか、社会全体が貧しかったのかは分からないけれど、リズさんの生きた時代は戦争がそこかしこにあったのは間違いない。
「我が祖はリズ様を失われた直後で気が回っておりませんでしたので、方々駆けずり回り妹御を保護した当家に多少は感謝していたのだと思います」
私からしたら現役で生きて迷惑をかけられている男が我が祖なんて呼ばれているのは滑稽だけど、そう呼ばれるくらい昔の出来事が語られていた。
「加えて妹御を当主の妻として迎え入れ、それに準じる扱いをしたことで縁が完全に切れるまでには至りませんでした。一応、恋愛結婚だとは伝えられておりますが、この辺りは我が祖が語らない限り真実は分かりません」
それは一生語られないだろうなと思いつつ、感謝も同様だろうなと思う。感謝していないってことはないな、思える内容だった。一方的に迷惑を被っている私に対する感情がアレなのだから、葛藤は凄まじかっただろうけど。
「それになにより、もう何代も前の話ですから」
当事者はジルベスター以外は亡くなっている。暗にそう語って、どことなくあの男に似た顔の男は胡散臭く笑う。
「ですので、我が祖がどう認識しているかは存じ上げませんが、事実として、私も妹もリズ様の御生家の血を汲んでおります」
そう言われてから見る兄妹は、血筋が垣間見えるようだった。
リズさんが燃えるように真っ赤な髪を持っていたのは、はた迷惑野郎のピアスから察している。後生大事に耳からぶら下げているピアスの色と全く同じ色の魔石が私の魔力を圧縮すると出来るから、それがリズさんの髪色だったのだろうと推測するのは、私の髪色が変わってからなら簡単だった。
だからフランツィスクスの元来の色だっただろう迷惑野郎の白銀と合わさるのなら、納得の髪色を兄妹はしていた。この世界では髪色は魔力の色に直結するらしいのは、現在進行形で身をもって分からせられている。
兄は冴え冴えとした氷のような美貌を持ちながら、水晶の内部からほんのりと浮かび上がるような暖かなローズピンク。対して妹は、木漏れ日のような暖かな可憐さを持ちながら、鮮烈な赤にそっと紗をかけたような情熱的なファンタゴピンク。
どちらも赤と白を掛け合わせた色合いだ。
三百年生きる希少な大魔導士とやらと交渉の余地がある存在として、納得の存在だった。