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 そうしてフランツィスクスの御曹司は、数時間後に館中が息も絶え絶えな中で到着した。

 聞けば転移魔法を自ら使用しての移動らしく、連絡は先ぶれでしかなかったらしい。アポイントメントが急すぎて流石はあの男の血筋と思ったものだが、貴族間ではマナーの範囲にギリギリ収まるとのことだった。しかも慌ただしい戦時下となればマナーど真ん中で、家柄が別格すぎてマナーを踏襲しなくても許される身での十分な時間の先ぶれに、フランツィスクスは私以外の株を上げていた。ダフィートとも意見が分かれるとは、こんなに慌ただしかったのに解せない。

 だがそんなものはもうどうでも良くて、用意された迎え入れた客室で、御曹司様と無言で見つめ合っているこの状況を何とかして欲しかった。


 ニコニコニコ。


 そんな音が聞こえて来そうなくらい、相手は笑顔をキープしてて、私も死に物狂いでそうしてるから部屋の空気が異常だ。

 事前に教えられたマナーとして、お供の人が主人に替わって名乗り合うから黙っていれば良いと聞いていたのに、先方にお供の人が居ない。私側のお供はダフィートが担当するから任せたいところだが、多分だけどお供対主人はバランスが良くないのではないか? とチラチラとダフィートを伺えば、察してくれと言わんばかりに真一文字に閉ざされている口に答えを知る。

 懸命に笑顔を維持して焦りながら目配せを送っても一向にその状況が変わらないから、覚悟を決める。やらかしてしまっていても、お咎めがあるのが私相手だけなら、最大限に大魔術士様の威光を笠に着てやることも出来る――はずだ。

 

「お初にお目にかかります、リズ・カークライトです」

「お目にかかれて光栄です。フランフィエタ大公が後嗣、イェレミアス・フランツィスクスと申します」


 意を決して自己紹介をすれば、流れるような返答がある。これは正解を引き当てたのではないかと心の中でガッツポーズを取りたいほどだったけれど、実際はそんな余裕などない。一つクリアしてもその次がある。突然の存在である妹さんに困りながら視線を動かせば、こちらも察してくれたのか向こうが動いてくれた。


「こちらは妹のアリーセ・フランツィスクスでございます」

「ご丁寧にありがとうございます。一人だけ名を明かさないのも礼を欠くかと思いますので、私の供はダフィート・アルフェリドリーと申します」


 予防線を張りすぎだと笑いたければ笑えとばかりに開きなおった前置きをして、自然流れで自己紹介は終えられた。ここまでは良い。だがここからがどうしたら良いのだ。

 先に座れとも座るなとも言うな。フランツィスクスほどなら自己紹介が終われば先に座る、と言われていたのに、一向に座る気配がない。

 先に座ってというのも命令に取られかねないから避けた方が無難、とか、信じられない理由で笑顔を維持しているだけの私に、余裕があるはずもなかった。

 そんな心情を察したのか、目の前の貴人は意を決したように口元を引き締めてから、にこやかに着席を勧めた。


「どうぞお先におかけください」


 大貴族だとか、貴族中の貴族だとか、さんざん脅されたから、これを大人しく受け入れて良いのかと身構える。なにせ今までのやり取りを筆頭に、館を移す時以上の上へ下への大騒ぎで身支度を整え、這う這うの体で繕ったから身構える要素ならアホみたいにある。

 だが実際にあった次期御当主様は、私の雑な理解でも王家みたいなもの、的な立場なのに、ダフィートと同じか、それ以上に私への気遣いを溢れさせ、立ち上がって迎え入れた私をソファへ誘導すべく手を差し出していた。


 困り切ってダフィートに視線をやれば、あっちもあっちで口元は笑顔を維持しながら眉が全力で寄ってる奇妙な顔になっているから、役には立たなかった。こっちの世界の常識を知っている分、彼の方が困っているようだ。

 ちなみに件の閣下(一概には正しくない)の隣におわす妹様からもヒントは得られない。予想だにしなかった女性のお客人に、館全体が更に混乱したのは言うまでもないが、彼女も彼女でニコニコしたまま座る気は一切見せない。ここに来て空気を読むヒントがゼロで、お手上げ状態だ。

 そんな私たちの視線だけの困窮を察して、大公の嫡男様は丁寧な心遣いで微笑みを浮かべる。そして、


「わたくし共は何をおいても、リズ様を優先いたします」


と、王族すら眼中にないと言わんばかりの堂々とした宣誓で、疑問への答えが差し出された。だけどその姿がもう威厳そのもので、丁寧な心遣いだと思っていたものが命令にしか思えない。そんな何かの罠すら疑い出せる状況で、揺るがない威厳で宣言が下る。


「あなたさまが“リズ・カークライト”と名乗ることを許されている。その一点において」


 その一言に、私は大きな溜音を立ててソファへ座った。なんならソファもこれ見よがしに大きな音を立てさせて頂いた。

 だってもう馬鹿らしい。あの大魔導士の本質を知っているのなら、何を取り繕ったって無駄だ。


「気にしないで大丈夫。この人は、私のことなんてこれっぽちも見ちゃいない」


 私と同じく気を揉んでいて、今は顔面蒼白になっているダフィートに真実を告げてやって、大魔導士と御同類を視界から排除するために目をつぶった。

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