表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

死神の輪舞曲

 絶対に人を殺さない。


 戦場に居てまでも、私はその誓いを手放さなかった。そもそも戦場にまで来てしまったのは、師匠のおまけも良いところで、他に行く当てがなかったからだ。師匠にはそれなりに戦場に赴かなくてはならない理由と強制力があったらしいが、私にはとんとない。

 しかし師匠が戦場に出ている間に残される弟子として、私は心許なかった。

 魔術士、魔法司、魔法使いとも多種多様に言われるが、魔導師を名乗って良いのは、その『導』の一文字が指し示す通り、人々を導くほどに極めた者のみだ。そこに『大』の一文字を足すだけで、それはこの国ではたった一人を指す。



 大魔導師ジルベスター・カークライト。何を隠そう私の師であり――宿敵である。



 その彼の根城こそが私の居候先だった。そこは偉大な名にふさわしく、多くの魔法によって守られていたが、私自身の地位や何やらについてはノーガードも良いところだ。何せ私自身に能力がない。

 彼の弟子を名乗りながら、彼の根城を守る魔法陣に魔力を供給することすら出来なかった。どう足掻いても魔方陣に最適な魔力量を調節することが出来ず、魔方陣を無効化してしまう。最低限のラインどころが皆無というポンコツっぷりに、さしもの師匠が同情するくらいだった。だから今は、単純なオンオフしか出来ないゆえに魔力消費がほぼゼロな、時を止める魔法が根城を守っていた。


 時の止まった空間に生きている私は居られない。一番安全なのは戦場だとしても師の側で、だから私はしかたなく同行していた。

 戦場にも、国にも、世界にも私は関係がない。だから同行するだけで何もする気はなかった。誰の味方も、誰の敵にもならない傍観者。それが私だった。


『あれれ? 失敗か~』


 間違いなく偉大な大魔導士サマは、初対面の私にそう宣った。

 何を隠そう、私はクソ野郎に召喚された異世界人なのである。

 だから傍観者で問題なかったし、その日和見的なスタンスも、大多数の人間には納得頂けると信じてる。出来れば薄情だと切り捨てられたくはない。目下の話し相手が薄情が人の形をしているようなやつだっただけに。


 その薄情には薄情なりに最愛がいて、それはともかくとして、彼女は亡くなっていた。

 それには大いに同情するけれど、彼女の魂だか魔力だかを蘇らせる術式を用いた結果、呼び出されたのが私だった。

 その私が、今は煤けた大地と血なまぐさい戦場に居た。

 宿敵と言ったのは、そういう経緯からである。

 そして、恩と恨みはいつだって恨みが勝っていた。


「リズ・カークライトの名をもって宣誓する!」


 魔法を行使する前には世界に宣誓を立てなければいけない。これは勝手に呼び出された異世界のルールだった。元の世界で想像していた呪文とは肩すかしをくらうほど形式も適当で大丈夫だが、この世界に承認された名でなければならない。

 クソ野郎が【最愛(リズ)】として召喚してしまったから、私はリズとしてこの世界に認められてしまった。忌々しいが、私がこの世界へ名乗る名は、リズ以外になかった。

 本当に忌々しいったらない。その苛立ちのままに名乗りをあげれば、身体を満たす魔力が乱暴に指先に集中していった。


 目の前で一人の少年が、どうしてまだ動けるのだというほど傷だらけで横たわっていた。

 私はその傷すら直視できないくせに走り出していたから、臭いまでが現実を知らせるのだと近づいて初めて知る。今だって、怒りに支えられてやっと視界に入れることができているほど傷にも血にも慣れていない。なんなら泥にだって慣れていなかった。

 だけど狙いを外さぬように真っ直ぐ見据えて、魔力を放つ。

 みるみる顔色が良くなるのを確認して、頃合いを見て放出を止める。回復だって雑にしかできないから、与えすぎた魔力で守りたい者を害するほどだ。こちらを見上げた瞳に光が戻っていたから、雑な回復でもないよりはマシだっただろう。

 それを確認して、自らの罪から目を反らすように翻る。


 関わる気なんてなかったのに、関わってしまった。だって無理だった。あの少年は私に水を分けてくれたのだ。偉大るクソ野郎に頼めば簡単に取り出して貰える水を、だが家畜のように彼らがここまで運んだ水を、不釣り合いに綺麗な服を着ている女が慣れない乾燥に咳をした、それだけの理由で分け与えてくれた。

 その少年が死にかけていて、無関心を貫くことができなかった。

 あのクソ師匠は人を殺すのを厭わない。だって現に私の命は弄ばれた。それでもあっけらかんとしている最低野郎なので、少し楽しげに戦場に行く準備をしていたほどだ。

 八割方面倒だと隠しもしなかったけど、残りの二割の楽しげな様子は、私にだけが使える最強呪文を持ってしても消えやしなかった。戦場すら楽しめる男がまともなはずがない。

 想像上の戦場だったものが、目の前で現実として横たわっていて、その思いは加速する。



 嫌だ。嫌だ。嫌だ。



 指の感覚が乖離していた。魔素は感じられるから魔力の奔流は指の形をしているのに、実際の感覚がない。指を握っているのか広げているのかも分からないのに、魔素だけが伸びている。もしかすると、すでに実際の指は失われているのかも知れない。

 そんな感覚に怯えながら、それでも動かし続ける。



 気に入らない! 気にくわない!



 怒りだけを燃料として、魔素を集めては、死んでいるかもしれない地に伏した身体へ叩きつける。細やかな魔術と呼べるものを使えやしなかったが、魔素を集約してぶん投げるのだけは得意だった。命ある生き物に備わっているはずの魔素への抵抗反応が少なく、周囲の魔素は思ったままに身体を素通りする。魔素を魔力に変換する効率が、極端と言えるほど良いのが私だった。

 それは魔素が僅かしかない、地球のような環境で育った者にみられる特徴らしい。殺すか生かすかの二者択一みたいなアホみたいな能力だが、それでも出来るから――もしくはそれしか出来ないから、私は八つ当たりのように叩きつける。



 殺さない! 死なせてなんかやらない!



 魔素は生命の源だった。これがないと生物は生きていけない。だからそれを上手いこと取り込むことが出来れば、生命の維持は叶う。細やかな制御は無理だが、元から出来ないものに構わず、ただ生きろと周囲の魔素を集めては、人の形に押し込んでいた。

 戦争なんて意味が分からない。地球生まれの地球育ち、その上、戦後百年が目前としている国に生まれた。衛生面も倫理も全部ひっくるめて粗野だと思うし、馬鹿だと思う。

 魔法で補っているとはいえ、歴史書でしかみないような生活様式と、見たことのない方法で争い合っている様子は、ニュースで見る戦争よりもずっと前時代的で愚かしい。

 だが、たった一杯の水を理由に可能な限りの清潔を保った服と安全を失って走る私を、彼らだって馬鹿だと思っている。違いは優劣ではなく、違いでしかない。あまりにも交わらない。あまりにも乖離している。だけど私は、日本人()でしかなかった。


「っ……!」


 そして初めて交わった視線は、もう殺して欲しいと願っていた。瞳すべてに絶望を映していて、死が救いだと確信していそうだった。地に伏している人間は、私の方を見なかったから正気でいられたのに、彼は自分に訪れるものから目を反らさないために顔を上げていた。

 なのに絶望の中に懇願が煌めいて、彼にとっての救いがなんなのかが明かだった。


 ――自分もきっと、同じ瞳をしている。


 言葉も交わさない。声どころか泥まみれの血まみれで、髪色すら分からない。なのに見上げられただけの瞳に引き寄せられて、目が離せない。私の想像上の私の瞳をしていたその人に、私は同情していた。

 終わらせてあげたい、と、終わってしまいたいがない交ぜになって、彼を終わらせて、私も終わってしまいたいと祈りにも似た気持ちで思ってしまう。彼に誘われるまま彼の望んだ終わりを選んで、こんな世界に来てしまった事実ごと、なかったことにしたかった。

 だけどそれを上回る怒りと暴力があった。これでは、この戦場におけるどんな馬鹿のことも罵れない。


 しょせん自分も戦場(ここ)で立っている同類で、同族で、度しがたいまでの破壊衝動、もしくは自滅衝動に支配されている。彼に目を離せず動きを止めたというのに、そのまま止まることが出来ずに反抗した。

 きっと優しい人はすでに地に伏しているに違いない。

 だから、そう、こうして立っている私は、死神側の人間なのだろう。


「誰も死なせない! 私の前では誰も! 諦めろ!」


 叫びは自分の祈りごと切り裂いていた。それでも構わない。

 理不尽を強いる側の人間だった。こことは違う世界で生まれ、だから差が出ただけの能力で、厄災と理不尽をまき散らす。

 死神にも言い分はあるだろうが、そう思うことこそが死神と同義だった。

 死神の言い分なんて、聞くに値するはずがないのだ。


「その為に誰を殺しても! その為に何を踏みにじっても!」


 なのに聞くに値しない言い分を叫んで、私は手に魔力を込める。上げる腕は痺れていて、魔力が流れるたびに引きつった。

 そうやって理不尽を行使しているのに、絶望している私の瞳をさらに絶望させ、その希望を殺しきった瞬間を見たくはなくて目を反らす。

 彼は私と違い、真っ直ぐに自分の運命を見上げ続ける強さもあったから、なおさらだった。見ていられなくて、でも魔力を放ったままではいられなくて、奥歯を噛んで視界に捉える。


 生かすか、殺すか。


 魔術的には同じことだった。

 それしか出来ないくせに誓いを手放して、この世の理不尽となって、私は私に背を向ける。

 私を殺すのも私だった。魔力をまとっていれば、大概の攻撃は防げる。与えるだけ与えれば、根腐れを起こすように人を潰せる魔力を私は持っていて、これが尽きない限り私を害するのは難しい。無尽蔵ではないから常時この状態でいられず留守番には向かないが、この戦場を駆けるのには十分だった。

 注いだ魔力に少しだけ抵抗感じて、相手の顔色が良くなっていることに気付く。今までこういった些細な抵抗を感じられないから魔力の行使が出来なかったというのに、ここに来て少しだけ分かるとは。


 指先から欠けていく感触があるから、神経が敏感になっているのかも知れない。だがそんな()()を喜ぶことはできなかった。

 私に似た瞳が私の魔力によってどんな変化をしたのかを見たくはなくて、弱い私は勢い任せに私が成したことから背を向け、噛みつくように叫ぶ。


「私が死なせないと決めたのだから!」


 せめて最後まで、この理不尽に抗って駆け抜けてやる。私が間違っていると思うのだから、それを体現し続けてやる。

 そのまま怒りに任せて駆け出して、手当たり次第に魔力をまき散らす。


 誰が味方で、誰が敵かなんて分からない。それが分かっていたら私はここに居ないし、あえて言うなら全てが敵だ。

 一歩間違えれば人を殺しかねない力で――そして、実際にそれで殺し合いをしている戦場で、私は場違いな()()だけで鈍くなって行く身体を酷使する。

 魔力の放流による崩壊で全身が痛い。だがその痛みがあるからこそ、朦朧とする頭が持ちこたえていた。あとどれだけ走れるかは分からない。


 だがこの身が朽ちることなんて、笑っちゃうくらい本望だった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ