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「情報統制? 知りませんね!」
報道各社には”この事件が起きる前から”お達しが来ていた。ずさんな管理体制だと鼻で笑いながら、鈴鹿茉奈は嫌がるカメラマンを引き連れて新宿の街に飛び出した。
もちろん課長はカンカンになり、先ほどから本社待機命令を何度となく発信している。
そのすべてを跳ねのけて茉奈はカメラの前で緊迫の表情を作った。
ふた昔も前であれば、TV報道とは情報発信の要だったという。しかし今は個人が提供するネット放送や優良企業が発行する電子新聞などの下に民放放送がある。それだって都道府県の地産放送局が残るだけで、風前の灯火である。
かく言う茉奈も国内最大の動画共有サービスを提供するビッグスマイルファクトリー社の採用試験は落ちた。来年度の中途採用までの繋ぎとしてTV局に入社したに過ぎない。
それまでに大きな成功を収めたい。それ以外にこの会社にいる意味はない。
今回の事件は、手柄の臭いがする。これさえ抑えられれば、辞表を叩きつける覚悟だ。
しかし現場に入ると、その壮絶さに思わず踏み止まってしまった。
「な、なんなの、これ……」
暴動なんて生易しいモノではなかった。
大摩天楼を中心に、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
どれだけの人間がそこで暴れているのか、推し量る事すら難しい。
何万という人間が殴り合い、あらゆるものを破壊していた。
それとは場違いなほど、明るくポップな少女の歌声が怒声と絶叫の間にちらついて見える。
常識の範疇を飛び越えた、非現実。
「カメラ、カメラ! 映して!」
「で、でも」
「いいから!」
その現実に尻込みするカメラマンを引っ叩き、目の前の地獄を映させた。
「これを報道しないで、何が報道者だっていうの!?」
ネットにはまだ出ていない。騒ぎを聞きつけた個人の報道者達は、その途中でなぜかみなそろって暴動の隊列に参加してしまっていた。
まだどこにもこの現実を報道しきれいている者は、誰もない。
これは、祭りだ。早く、その列に自分も……。
「私は、報道者。これを、報道する……ッ」
頭の片隅で、少女の歌声が反芻して離れない。早く、あの波の中に飛び込まなくては。
うるさい、黙れ。
茉奈は自分の頭を一度、殴った。
ガツンという衝撃。思いのほか強く殴りすぎて、足元がよろける。
「か、回線は……」
カメラマンは正しく自分の声が聞こえるように、オフラインになっている。だから少女の歌声は聞こえていないのだろう。
「回線……」
そうだ。局の回線は管制されている。使えない。
「どこかに、使えるのはなに? 裏でもいいから……」
現状のBCCネットワークは、見たこともないほど混線していた。こんな事は、本来置きえないのだが、この現状だ。もはや何が起きてもおかしくない。
茉奈は必死にまともな回線を探した。どこでもいい、なんでもいいのだ。この際犯罪に使われているようなアンダーグラウンドの回線でもいい。
以前情報屋から買った非合法なネットワークへのアクセス方法。そこからまともな物を探す。
どれもこれも混線、もしくは断線状態。これでは一昔前の物理回線に頼りきりだった時代と変わりないではないか。
「そうだ、物理回線!」
この街は一世紀も前から続く大都市だ。きっと古い物理回線だってまだどこかにあるはず。
ネットワークを検索。BCCの通信網は除外。かつ、報道に耐えきれる太い回線。
そんなもの、本当にあるのだろうか?
いや、あるはず。
『おや、これはこれは。お客様ですね? いらっしゃいませ。あははは」
人を馬鹿にしているのかと怒りがこみ上げそうになる、突然の声。
電子世界を映す視界が、混迷しきっていたはずが突然小奇麗な廊下に切り替わった。
「ここ、は?」
「ここはとお尋ねされれば、そうですね。小戦士たちの活躍を宣う、鋼鉄のロマン主義者宣伝の通路です」
通路の先に居た。真っ白のタキシードに、右眼窩に円筒形を突き刺したふざけたデザインのアバター。それが慇懃にお辞儀しているのだから、滑稽というか出来の悪い喜劇のようだ。
「さあ、お進みください。あ、これ通行証です」
ハートマークのピンバッジを手渡してくる。受け取るか一瞬だけ悩み、ひったくるようにそれを手に取る。
「回線開きました! どこにあったんですか!? こんな大容量回線」
「さあね。ペテン師か、悪魔にでも騙されているのかも」
そんな事はもはやどうでもいい。これで報道できる。




