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都内の某所。屋上に仁科がいた。
長大な狙撃専用の軍用ライフルを抱き込むように抱えた彼女は、ジャケットを脱いでブラウスとスカート姿で毛布を敷いた床にうつ伏せで寝転がっている。さらにその上には紫外線などの生体反応を遮断する特殊な布を被っているため、遠目にはそこに人が寝そべっているのが視認しにくくなっている。
「ええ。見えています」
両目をしっかりと開いて、右目の前、ライフルの上部に固定されている望遠照準器で底を凝視している。
900メートル離れた建築途中のビル。そこに人間がなだれ込んだ。
そして全員が建物に入り15秒後、突然彼らは血相を変えて飛び出してきた。
サプレッサを取り付けている銃口から、鈍い音とわずかな閃光を吐き出し続ける。彼らは誰もいない壁を銃撃していた。
BCCの機能を止めた仁科には見えてはいないが、今その建物は地獄と化していた。
突入の瞬間、彼らは倍以上の数の正規兵から銃撃を受けたのだ。それも突然に。
罵声と共に飛び出してきた、廉価品のBCCを埋め込まれた彼ら。そしてその脳天は今仁科の覗く望遠照準器の十字線と重なっている。
あとは、引き金を引くだけ。
どんと重たい衝撃がアルミ合金製の頑強なレシーバーを伝い、発砲の衝撃が肩を蹴る。消炎装置によって銃口炎が発射ガスと共にV字に噴出した。
スコープの中で赤い霧が花火のようにぱっと開いて、消えた。
槓桿をまっすぐに後ろに引き再装填。混乱の渦中へ再度打撃。
2秒で1発のペースで撃ち込み続け、12発目で完全に沈黙させた。
「第一目標沈黙」
きんと音を立てて、真鍮の薬きょうが床に落ちた。
仁科は抱き込んでいた狙撃銃で、もう一度状況を確認した。動いている者、いや首から上がちゃんとついている者が、もう視線の先にはいない。
ため息を吐いて、被っていた布を払いのけるとその場に座り込む。
傍らに置かれた携帯端末を覗き込みむ。接続されたイヤホンマイクから聞きなれた声が聞こえた。
『奴らの逃げ道は、もうない』
そこから聞こえてきたラヴァーの声とは相反し、感情の起伏なくそうですかとうなずいた。
作戦失敗を理解した彼ら、菅野が招き入れた傭兵は、さすがに周到な部隊だった。その為簡単に仁科の術中にはまった。
指揮伝達系統《C4ISR》をラヴァーに乗っ取られているとも知らず、仁科の銃口が向く先へ招きだされ、攻撃部隊を喪失した。作戦失敗を理解すると即座に脱出経路へ向かった。複数用意しておいた脱出経路もすでに改ざん済み。出来損ないのBCCによって示されているのは、自衛隊の待ち構える狩場だ。
実働部隊を動かすわけにはいかず、こんな回りくどい事をせざるを得なかったが、状況は驚くほど簡単に進んだ。
これが安い三流の業者であれば、完全にパニックに陥り手が付けられなくなっていただろう。敵というのは利口であればあるほどいい。
「菅野の場所は特定できましたか?」
仁科は今使った道具一式を分解し、爆薬で完全破壊した。化学反応を利用した炸薬は、すべてを破壊し終えると独りでに燃え尽き消えた。
『ここだ』
優姫がこじ開け突破し、逆探知して得た菅野の隠れ蓑。位置情報が仁科の携帯端末の画面に表示された。
通信IPにマーキングを施された菅野は、もはやこの国にいる限り見失う事はない。
仁科は立ち上がると傍らに畳んで置いていたジャケットとコートに袖を通した。表示された地点へ向かう。




