74.5
視界を取り戻すと、隣のバディは意味のない悲鳴を上げ、被弾し噴水のように血を撒き散らす腕を押さえているのが見えてきた。
その首根っこを掴んで、外へ飛び出す。誰とも連絡が取れない。作戦指揮室とも連絡が付かない。完全に情報的な孤立をしている。未来のSF兵から、一次大戦の銃兵へ早変わりだ。
混乱という暴風が脳内を暴れまわる。
なんとか建物の外へ出た。入る時は瞬きする間もなかったように思った侵入経路が、まるで迷宮の中に思えた。
何が起きた。
BCCの戦術予測は完全に沈黙。フェイストップ上でハートの仮面を被ったピエロが笑っているのが映されている。
それで察しがついた。
踊らされたのだ。クライアントに騙された。いや違う。敵だ。
「なんなんだよ!? なんか言えよ!」
何もない空間に罵声を浴びせるバディ。彼にはフェイストップの戦術予測画面が見えているのだろうが、それは欺瞞だ。敵は最初からこちらの情報網を掌握していた。
全ての違和感が合致する。
ひっくり返るはずのない戦場がひっくり返った。
自分と同じように、命からがら建物を脱した友軍は建物に向かって銃撃を続ける。
待ち伏せされたのだ。穴熊狩りのはずが、虎穴に飛び込んだわけだ。
敵はBCCクラウドを利用した戦術予測システムに侵入していた。”ドアのない部屋”に侵入していたのだ。なら、全て欺瞞なのではないか?
侵入できない部屋。いるはずのない敵。ひっくり返るはずのない戦場。
全て欺瞞だったとしたら。
激しい怒りが、BCCに対する嫌悪が、脳の奥底を焼き払う。
その瞬間、脳の底で電撃が迸ったのを感じた。
失神しなかったのが奇跡的な衝撃が抜け、そして全てが消えた。
街に溢れる派手な広告も、
流れる少女の歌声も、
窓から追撃してくる敵も、
同僚の血潮も、
なにもかも。
ああ、そうだった。この国は虚構の上に成り立っていた。
夢想のゆりかごなのだ。
何もかもがなくなった、灰色の街で、隣で悶える同僚の襟首を掴んで寄せる。
「敵なんていない! どこにもッ!」
母国の言葉で家族の名前を叫び、止血をしていた同僚。その体のどこにも、怪我はない。
全てはホロディスプレイによって映された幻覚。
幻覚の痛みと、恐怖に咽び泣く彼を強くゆする。濁った目は、こちらを見ていない。
「おい! 目を」
顔を上げた同僚の顔が、消えた。
赤い霧と肉と骨のかけらになって、頭が飛び散った。
忘れてたかのように、遅れて耳朶を打つ銃声。
冷静になった頭が、だいたい1キロメートル離れた所からの狙撃と助言していた。遠い昔、治安維持軍に従軍していた頃の感が、BCCという安易で知的な助言者が居なくなって目覚めた。
ああ、もう取り返しがつかない。
ありもしない幻覚の傷を押さえて転げ回る同僚たち。その頭が、ぱんぱんぱんとパーティ会場に飾り付けられた風船を片付けるように、遠い彼方の狙撃手は順番に撃ち抜いて砕いていく。
11回
それだけ撃たれれば、相手の位置はわかる。
逃げられないな。ここは狩人が一番”やりやすい”狩場なのだ。逃げ道はない。
その瞬間、スコープを覗く少女と視線が重なった……。




