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『今回は、いつもと違いすぎるな』
同僚のひとりが入念に装備の確認を行いながら呟く。と言っても口を開いて、音に出す者は誰もいない。
それについては、全員が思っている事だった。
依頼主はおそらく政治家か、それの秘書かそのあたりなのは間違いない。そもそも自分を含めこの部隊は、大金を積まれて動く民間の準軍事請負企業、悪く言えば傭兵である。そんな組織へ秘密裏に依頼し、極秘に準国境経由で侵入させ、たった1人の少女の完全殺害を依頼してきた。狂気の沙汰と思うだろう。しかしこの世界はもうすでに壊れている。大人が、子供を殺そうと依頼を出すことは、少なくないのだ。そしてそういった依頼があるからこそ、自分たちが路頭に迷わないで済むのが事実であり、天が落ちてなお不変である。
対象についての情報はほぼ開示されていない。上はゴネたようだが、積まれた金額で首を縦に振らざるを得なかったようだ。
普段であれば、我々は殺す対象については、対象の母親よりも詳しく知る必要がある。そうしなければ行動が読み切れず、”予期せぬ事態”を招く。そして部隊は全滅する。
それなのに開示されていない。これは困った事だ。
その代わりに依頼主からはかなりの量の、国家機密保護法に抵触する情報の提供があった。
護送車が走り出す。
『始まりだな』
『ああ』
おしゃべりな同僚に適当な相槌をうちながら、分隊指揮官補佐、サブリーダーらしく隊員のコンディションチェックを行う事にした。やる事はないよりあった方が絶対にいい。
頭の中に埋め込まれたBCCは、国民向けの物と比べると格段にレベルは下がるものの、それでもSF映画の主人公になった気分を十二分に体感できる。
視界の中には色彩豊かなグラフィックが浮かび上がっていた。物理的に再現する事は不可能なものもある。遥か昔のSF映画の中にいる気分は、もう半年も経つが拭えない。
単純に近未来世界を楽しむというのが、BCCが頭の中にある目的ではない。軍事的に非常に高度な情報連携ができるという事が目的だ。
半世紀も前から戦争とはより密に、より早く情報を運用できるかで勝敗が決していた。
それについて言えば、BCCは人と通信の垣根を超えさせた装置のひとつだ。隣人と言葉を交わすより正確で早く情報に接続できる。これほどの利器があれば、あらゆる戦場で生き残れるのは間違いない。世界中の武器メーカー、国家があらゆる対価を払ってでも手に入れようとしているのは当然だ。
『戦域内の全人口の測位データがクライアントから開示された。対象はこれだ』
戦術司令室からの通信。そして目の前に地図が浮かび上がり、全人口というのは間違いないようで、無数の青い光点が地図に表示される。
その中で目的の建物が拡大され、その中の一室に赤いマーカーが浮かび上がる。
このフェイストップという画面表示機能は未だに慣れないが、それでも物理的なラグがなく表示される情報は神託よりも尊い。それに軍事的に処理された情報が表示される。これほど優位な情報連携をとれる自分たちが神の先兵にでもなったような気分にさせた。
指示は最も効率よくタイミングを計り、
『突入』
部隊を建物に侵入させた。
隊員ごとの会話や合図なんてものは必要ない。BCCによって情報で連携されている。BCC通信がもっと的確に早く正確に仲間に情報を伝える。会話や合図は必要ない。
指示に従い、建物に侵入。
全ては指示通り。そのはずなのに思考の片隅に浮かぶ違和感。地図に浮かぶ友軍の配置はどこか違和感を覚える。
固まりになっている。これでは囲まれた時に包囲殲滅されてしまうのではないか?
疑問が頭によぎったその時、目の前が真っ白に焼かれた。
何が起きた。理解の必要ない。ただ感が告げる。直ちに逃げろ。閃光手りゅう弾を食らって肉眼が一時的に機能喪失状態にされてしまった。
メンバーの安否を確認するため、チャットを呼び出しコンタクトを図る。
しかしチャットは沈黙している。そのくせ友軍のステータスだけは見えた。
6人が被弾。内3人は致命傷。そもそも自分も腕と腹に被弾。不思議と痛みはない。激しすぎる感覚をリミットしているのかもしれない。
直ちに壁にもたれかかり、その場にしゃがみこむ。閃光手りゅう弾の影響で肉眼の機能は損なわれたままだが、BCCは機能している。見えなくとも観る事はできる。
怪我の応急処置をしなければと、患部を強く圧迫するが出血は止まらない。運の悪い事に動脈を傷つけたようだ。
咄嗟に声が出ない。作戦中に声を発しなくなったのは、いつからか。




