73.5
会場に音楽があふれた。
愛海が自分のやる事を始めた。
「始めよう……」
人波から外れた場所で待機しつつ、体をしっかりと温めていた優姫は小さくつぶやいた。
優姫は内心では愛海が心配で仕方でしかたなかった。それでも、ステージへは意識を向けない。自分がやるべき事は、別だ。
『出島経由で約一個小隊がここへ来ている。はは、これは戦争でも始める気か?』
音声通信でラヴァーの声が聞こえた。声色から笑っているのがわかる。どこか安全な場所へ身を隠したかの人物は、どこからかそんな情報を手に入れてきた。
『サービスポイントへ案内してやった。確実につぶせよ』
『わかっています』
それぞれがこのバカげた猿芝居を終わらせるために、全力を尽くしていた。
できる事をやるために、配置につき全力を示す。
ならば、自分もそうするべきだ。いや、そうしなければならない。
優姫はクラウドネット上にコピーした1万のAIを駆使し、ECW『光』を行使する準備を進めていた。この点でいえば、優姫はラヴァーよりも優れているというのは、ラヴァー自身が語っていた。
複数の簡易エージェントによる超並列演算と、優姫という解読ロジックを詰め込んだ制御装置によって、1秒間に1亥桁の演算が可能なハイパーコンピュータを使っても解けない暗号を解読する。それがECW『光』である。
やっている事は完全に犯罪であるため、普段であればこれほど大それたことはやらない。もっと規模を小さく絞り込んだ上で行う。しかし今はラヴァーが用意した秘匿クラウド階層によって実現できた。これで従来の10分の1の負担で10倍以上の精度と規模のECW『光』が起動できる。
『馬鹿が、バカな罠に引っかかったぞ。こっちも始まりだ』
『ええ。見えています』
うなずく仁科の声ととともに、喧騒にあふれた新宿の空に破裂音が響いた。




