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笑みを浮かべたまま小首をかしげる仁科。その顔が愛海が予想していたよりもはるかに若く、どれだけ多く見積もって20歳未満に見えた。それどころか実年齢でいえば自分と大差がないようにも思えた。
仁科の童顔に拍車をかけるたれ目が、柔和に細められたまままっすぐに愛海を見据えた。その瞬間、言い知れない寒気が背筋を這う。顔も仕草も雰囲気もまるで違うのに、首に刃物を押し当てられたような気持ちになり、愛海の胸の中を恐怖で埋め尽くす。そうとも、つい先ほど垣間見えた地獄の門にも似た瞳は、間違いなく彼女のものなのだ。
「まず、あなたには電子ドラッグ【D3C】の製造、拡散によるバーチャルネットワーク規制法に反する容疑がかかっています。この事について、正直に話してください」
全く予期していなかった言葉が次々聞こえてきた。
「な、なにゆってんのか、わからない……。全然、知らない」
愛海の否定を聞いて、一度うんと頷いた仁科。彼女は机の上に紙の資料を広げて、愛海によく見せた。
「これが、あなたの実績です。現状で8名の人間が重度の中毒状態となり、脳生理学研究所で集中治療に入っています」
資料の中には無数の配線に接続された人々が映った写真もあった。他にも歌の解析映像で三次元グラフィックに展開され、どの部位にどういった効能があるのかと証明する資料もある。
「し、しらない……。うた……、だって……ッ!」
錯乱状態のような男性や、取り押さえられている女性が映った写真。それらを見た愛海は動揺を隠せぬまま、自由に動く首を横に振って現実を否定する。
「公式SNSにはあなたが作詞作曲をしていると書いてあります。あなたがこの事実を知らなかったとして、なぜこんな特異な周波数とパターンをあえて歌っていたのでしょうか?」
矢継ぎ早に仁科から発せられる尋問の内容。残酷に、ただ愛海が麻薬のバイヤーとして活動していたという証拠の数々。
仁科の淡々と事実のみを語る口調と、資料を見せられるほど、愛海は自分自身が信用できなくなっていった。この事実が、真実だと。そう信じ込んでしまう。
じりじりと胸を焼く罪悪感。蝕むように這い上がる訳の分からない恐怖に、身をすぼめた。
「以上の事から、行村 愛海、あなたには最高で一級の殺人未遂および、高度電子犯罪の重犯で我々公安は死刑、もしくは無期懲役を申し立てる用意があります」
淡々と語られる言葉を理解する事ができず、愛海は何も反応ができなかった。そしてじわりと遅れて言葉の重みに圧し掛かる。
己にかかった死刑に値するという罪。死への恐怖。十五歳の少女にかかる重みとしては十二分に許容範囲を超えていた。そしてそれを理解できないほど、愛海は幼くはなかった。
「わ、わたし、は、なにもしてない……ッ!」
震える指先。青ざめる顔。わななく唇で、愛海はそれでも減刑を求めはしなかった。ただ事実のみ、自身の無罪を口にした。
その答えに仁科は微笑を浮かべたまま、首をわずかに傾げる。
「そうでしょうか? あなたは歌いました。そしてそれを拡散し、無数の人間に、善良な電子世界の住人を苦しめました」
仁科の言葉。ただの事実を、愛海は首を振って否定する。
「例え知らなかったとしても、罪に加担した事は事実。それが免罪符になりえるなんて、被害者に言えますか? 知らないから自分は無罪だと、この人たちを苦しめ、死の間際に追いやった口で、あなたは言えるのですか?」
一切の虚飾のない、真実のみの愛海を締め上げる言葉。否定の余地は一切ない。
ただ、少女は真実のみを口にした。
「ゆわれた、歌えば、うたは、みんなに届くから、人に、認めてもらえるから」
「そうですか……」
仁科は突然立ち上がり、愛海の横に立った。
「少し、頭を冷やしてください。あなたには、自分の罪を認め受け入れる謙虚さが必要です」
違う。否定の言葉を口にしようとした瞬間、愛海の頭に何かかがかかった。
詰めたさに呼吸を忘れた。顔を上げると、ミネラルウォーターのボトルをさかさまに持つ仁科がい。その飲み口は、愛海の頭上にある。
全身ずぶぬれになる。撥水性の高い服の表面は水をはじいたが、襟元から少なくない量が流れ込んだ。それが服に染み込み、急激な冷感に胸が引きつる。
顔を拭う事も出来ないまま、仁科は部屋を出て行った。その直後、天井の送風ダクトから冷風が吹き出し、愛海に当たる。
瞬く間に体温が奪われていった。