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まだ信じられない。
愛海の父は制定されたばかりのバーチャルリアリティーにおける規制法を施行する警察内の組織のひとりだった。この時優姫の兄を射殺してしまった事が切っ掛けで警察での同法の捜査権限が失われ、独立委員会の一本化が進んだ。
上層部に判断をゆだねていたら、被害者は拡大していた。ひとりの少年が、体格も膂力も上回る大人を投げ飛ばすなど、常識から考えられない事が起きていた。その状況で父は被害の拡大を恐れ、少年を撃ち殺した。
後に警察の越権だと騒がれ、被害を食い止めたはずの父は、警察の汚名として地方の交番勤務へと降格された。国家公務員の子というだけで十分な社会福祉を受けられなかった愛海の為に、けん銃で自殺した。天涯孤独となったが、父の死により目論見通り生活は安定した。
まさかここで6年前につながるとは思ってもいなかった。そしてその発端が今回の事件と同じドラッグが使われていた。
予想していなかった事実に愕然となる。
「そう、だったんだ……」
なんといえばいいのか、と複雑な心境を隠し切れない優姫だが、それは愛海も同じだった。
「兄貴は、さ。なんて言うか、その、まじめで引っ込み思案で、全然兄貴らしくなかった。むしろ一緒にいると、オレの方が兄貴みたいだって周りから笑われてた」
過去の情景を思い出しているのだろう、一瞬だけ目を細めた優姫ははたと思いだしたように愛海を見た。
ドラッグの影響で、少しずつ変化していたはずだった。先日この手で殺した少女のように、引っ込み思案でうつむき気味だった人間が変化していたのだ、怪しむべきだった。それを楽観視して見過ごしたのは、優姫の落度だ。
それに気づけたのは、唯一優姫だけだったはずなのに、彼が崩壊していくのを黙って見ていた。そんな自分を許せなかった。この先も決して許せたりはしない。
「だから、オレは、オレが救えるすべてを救って見せる。助けを求めるすべて。そうやるって、もう決めているから」
絶対に助ける。今目の前にいる少女の窮地を救いだすのだ。
ましてその少女は、6年も前から兄によって苦しめられていた。
そんな少女なら、優姫が助ける道理だけがある。繋いだ手により一層決意の念を込める。
そこでふとあることが頭に浮かんだ。
「まさか、これで仁科まで関係者なんて事、ないだろうな……」
「いや、まさか……」
否定する愛海だが、どこかそれもあり得るかもしれないと思ってしまった。
『私の姉は6年前にある電子ドラッグの中毒症状で死んでいます』
突然飛んできた音声メッセージ。相手は、仁科だ。
「お前、無事なのか? ってか今の」
『ええ。何事もありません。私たち3人は共通点があります。それも、多く』
いつもと変わらない声音。それで語られる事実には卒倒しかねない。
「マジかよ……」
『この事件の解決に私たち3人が当たるのは、必然なのかもしれませんね』
喧騒すら遠のいて聞こえた。
面目躍如、とは言えないが、それでもこれから逃げることはできないようだ。
「今度こそ、オレ達で終わらせよう」




