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動物の仮面をつけた仮装が並ぶ、電子世界上の会議室。
その日はいつにも増して、荒れ狂っていた。
「たかが小娘二人! なぜ捕まらん!」
「警察や公安も動員しているのだろう!? それでこのありさまか!?」
「やはり事を君ひとりに任せたのが問題だったのか? どうなんだ?」
「責任を取ってもらう必要があるんじゃないか?」
楕円形の円卓の先端に立たされた、犬の仮面を着けた仮装はただ身を萎縮させ詰責を受け続ける。
彼の描いたシナリオから、事態はことごとく変化していって見せた。
当初の予定では、事態の発覚から仁科が愛海を逮捕。そのバックグランドであるこの議会の一部を道連れにして退場するはずだった。
それが当の愛海が失踪。仁科を捕縛したまではよかったが、彼女を立件する証拠がなくなったまま。それどころか政府最高幹部からの圧力が、まことしやかにささやかれている。
事態は一刻を争う。それなのに今こうして小うるさい”役員”達の叱責を受け時間を浪費している。
黙れと怒鳴り散らしたい気持ちを必死に抑えながら、それでも彼のBCCは事態を解決するべく各機関、協力組織へ連絡し連携を図り続けている。
国内最高学府である東都大学の電子物理科学科を次席で卒業し、脳理化学研究所に所属。先進的なBCCの研究をしてきた。
俗にエリート出世コースを快進していた自分が、どうしてこんな目に合わされているのだ。
すべては、あの女狐だ。あの女がいらんちょっかいを出したことが始まりだ。
憎悪は加速し、大脳新櫃の奥でどうやって仁科を叩き潰し、失脚させてやるかと思想する。
あの悠然と笑みを浮かべる顔を苦悶で歪ませてやりたい。失望と絶望に染まり切った顔のまま、絞首台に押しやるのだ。吊るされた若い体が弛緩し、肉となり汚れていく。
その様を考えると、どす黒い悦楽が腹の底から突き上げてくる。
その為にも、早く。
『仁科が逃げました!』
秘密回線から飛び込んできた、警察組織に紛れ込ませた内通者からの連絡。
一瞬耳を疑い、そして現実を拒み、そして激情がついに喉を突き破り叫び声をあげていた。
「な、なんだね? 突然」
「ついに気でも狂ったか?」
仮面の老人たちが一瞬おびえながら、それでも余裕を見せるため笑って軽口をたたく。
しかしそれどころではない。
「事態が急変しました。重要参考人の一人が逃亡」
『それが、仁科は代行の釈放命令をもって、堂々と正面から出ていきました……』
「アホか貴様はッ! 私がいつ、どうしてあの女を解放するというんだ!?」
ついに理性の堰は完全に敗れ果て、電子世界上の会議室にいるにも関わらず部下への叱責を発していた。
事態はもはや最悪と言っていい。打開策はかけらも思い浮かばない。
「事態は、最悪の方向へ動いています。決断をしなければいけません」
「その事態を作ったせき」
「黙っていただきたい。そんな事は後です」
見るからに怒気をはらんだ老人たちの叫び声。
この組織はもはや自分が席を置くには値しない。
菅野はそう認識を改め、協力組織に命令を出した。




