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電子世界の歌姫  作者: 夜桜月霞
悲観的な歌姫
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「あの女は鬼だ。悪魔だ。いや、古い聖書の神と言っていい」


 ラヴァーがなぜ仁科の元で働いているのか、疑問に思った愛海が尋ねると、ラヴァーは突然犬歯を剥いてそうのたまった。


「悪魔なのに、神様?」


「そうとも。聖書では悪魔は狡猾な手段で人類をだまし、神の国より追放させた。しかし神は自らの意向に沿わない旧人類2038344人を滅殺した。まるであの女の行いのようだ!」


 感情が高ぶっているのだろう、被っているアバターが憤怒の炎を上げ始めた。さすがに周りの利用客も何事かと横目で見始めている。


「まあ、いい。あの女が極悪の頂点に居るのは、今に始まった事じゃない。知っているか、あの女、政府野党からはラインハルトと呼ばれているんだぞ? かの名高き金の獣と同格だとな」


 一呼吸おいて、ドーナッツをひとかじり。ラヴァーは手を叩きながら、二人にフェイストップで資料を見せた。


「さて、事の顛末を種明かししよう」


 表示されているのは、一見なんの変哲もない、ケーキバイキングのチラシ。それを先ほどと同じように暗号解除キーを使って見ると、いくつもの企業、政治家、さらには”出島”の有力者など物々しい人物の名前が連なっていた。


「な、なんだ、これ……」


 人物と緻密な線で関係が描かれたその資料。試しにその線をひとつ触ると、金の流れから物品、情報などかつてやりとりした内容が事細かに映し出されていた。


 非凡といっていい二人のBCCでも解読に演算能力の30%を持っていかれてしまう、複雑な暗号とそれに隠された膨大な情報量。一枚の紙切れに見えるその資料は電子的に4次元構造体を再現し、膨大な量の情報が詰め込まれている。綿貫程度の人間に見せたらそれだけで処理オーバーで失神しかねない代物だった。


「で、この資料をオレ達に見せたってことは、これが事件の根幹なのか」


 唾棄すべき今世の恥と言わんばかりの優姫は、眉間にしわを寄せて資料を睨みつけていた。


「珍しく的を射ている。その通り、これが今回おまえがハメられた理由の一端さ」


 複雑ながら精緻に引かれた、関係図。そこから導き出せる答えはそう多くない。


「現与党が持っているBCCの捜査特権を国会に落とし込もうとしているのか? そのために今回の事件をあえて公にして与党の秘匿性を攻撃材料にしている」


「良くお分かりで」


 優姫の導き出した答えに、ラヴァーは満足げにうなずいて見せた。


「いや、それだけの為には大掛かりすぎるだろう。たしかにこれなら確実性は高いけど、他にもっと安く済む方法だってあるはずだ……」


「そのとおり。確かに効果的だが、費用対効果が非常に悪い。頭のいい先生がたが考えるには、あまりに割高だ」


 嘲笑の色を隠しもしないラヴァーの言い様はその通りで、少なくとも日本海事変の後の保守全盛の現世に置いて、革新派はひとつの行動が命取りに繋がることもある程に追い込まれている。その中で行った政策としてはあまりにリスキーである。


 だとすれば一体どれが本当の目的だ。


 それをつぶさない限り解決にはならない。最悪、第二、第三の愛海を生み出す結果になる。


「ここだ。これ」


 ラヴァーが指さす先にある組織。


「脳理化学研究所?」


「そう。柏の葉学園都市内にある、BCC開発の最高峰だが、ここになにか不自然な金と物と人の流れがある」


 綿密に調べ上げられた資料だからこそわかる、毎年学園都市運営費の一部として研究所が消費する巨額の金と卒業生。BCC開発の一翼を担うYKJホールディングスから優秀な人材が学術協力として流れ込んでいる。しかしその割に成果はない。その人物名義の報告書はあれどもそれはよく見ればいる事を偽装するためのダミーにも見えた。


「なんとも臭いと思わんかね? 下水処理場と同じ臭いだ」


 猛獣の笑みを浮かべるラヴァー。この人物は電子世界バーチャルワールドという狩場で情報をという獲物を食い荒らし続けた、捕食者なのだ。その人物からすれば、これは確かに上等な獲物にしか見えていないだろう。


「ここまで話して、オレ達に理解をさせたって事は、何かやらせるつもりか」


「その通り。でなければ、この僕がお前らにわざわざ僕のおやつを教えたりしないだろう」


 すでに自分たちが目の前の伝説級のクラッカーの片棒を担がされている事実に、そこはかとない恐怖と、それだけが唯一の抜け道である現状に究極の選択をしなければならないのかという緊張感が押し寄せる。


「つまり、オレ達が暴れて、注意をひきつける。その間にあんたか仁科が与党と交渉して、この情報をリーク。オレ達の無罪を勝ち取りつつ、あんたはこの”箱”の中の情報エサを貪るってって流れか」


「まあ、そんな所だ」


 おおよそラヴァーの考え通りの工程を想定した優姫に、少しだけ興味を示すようなそぶりを見せつつ、残りのドーナッツを咀嚼した。

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