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完全隔離された特級の拘置所。仁科がここに連れて連れてこられてから、24時間以上が経過していた。
埼玉拘置所内の重要参考人待機室。中でも凶悪事件のもののだ。
そこに仁科は収容されていた。
留置所とは名ばかりで、その実完全な禁固室である。大手都市銀行の中央本店金庫室の方が、まだ警備が甘いといえるレベルの部屋である。
通路に面する壁は強化ポリカーボネートで透明。室内は顔が映るほど磨かれた白で、こちらも強化樹脂製。ベッドとトイレ以外は何もない部屋。
本来であればホロディスプレイでトイレの前は覆われているのだが、仁科のように任意で停止できる者からすればプライバシーのかけらもない部屋だ。
そしてその部屋の前、部屋と通路を隔てる透明な壁の向こう側に男が一人立っている。
「ただで済むと思うなよ」
丁寧に撫でつけていた髪の毛は、今はひどく乱れ目は血走っていた。
「さて、なんのことでしょうか?」
行儀よく足をそろえてベッドに腰かけた仁科は、優麗な微笑を浮かべたまま小首をかしげる。
その態度に神経を逆なでされた菅野は、力任せに強化ポリカーボネートの壁を殴打した。
「お前が今回の事件で、容疑者と結託している事は隠しようがない」
先ほどまでの動揺から立ち直った菅野は、勝利を確信した笑みでベッドに腰かける少女に凶暴な笑みを浮かべて見下した。
「小娘風情が、大人を舐めるな。極刑だ。必ず殺してやる……」
奥歯を歯ぎしりで鳴らし、菅野は踵を返して去っていった。
「……間抜けですね」
嘆息し肩をすくめると、ドアが独りでに開いた。
捜査の為なら内閣府とだって取引をする。政治的圧力をかけてでも、真犯人を狩り立てる。必要とあらば既存の法の解釈を拡大させる法案を、予算委員会で押し通させる。それが10代にして公安の猟犬、ゲシュタポかチェーカよりも恐ろしいと囁かれるまでに上り詰めさせた仁科笑の手腕だ。デスクワークの高級官僚が太刀打ちできる相手ではない。
すでに厳重な秘匿回線で通信を確立させていた仁科は、自分の仕事を再開させる。
「ジュ・トゥ・ヴ。”彼”に親書を出してください」
『かしこまりました。お嬢様』
「こんな愚かな祭りは、可及的速やかに幕引きととしましょう」
『さしずめ、強引に解決する機械の神、デウス・エクス・マキナですな。あはは』
「こんなシナリオ、古代ギリシャ人でも石を投げつけます」
ジャケットを着込んで襟を直しながら仁科は、颯爽と長い廊下を歩きだした。




