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追跡されていた。
BCCは特性上、一度Ipアドレスを知られてしまうと、逃げ切ることがほぼ不可能になってしまう。
そのため優姫は接敵の前に、自分のIpアドレスを偽装していた。それにも関わらずこの女のは戦闘の最中に優姫の偽装を解読し打ち破っていたと云う事になる。
しかしそれ以上に不思議な出来事が起きていた。
今周囲にはコンビニの店員と客数名以外、BCCの反応はない。送受信の状況からして、”そこには誰もいない”はずなのだ。先ほどもそうだった。優姫が現れるまで、そこには誰もいないはずだった。それなのに、この女はいた。
電子的なオブジェクトでもない。国民のほぼすべてに埋め込まれているはずのBCCから反応を取っているのだ。ならばこの女はBCCを埋め込まれていないという事になるのだが、それでは政府の発表する安全で快適な現代社会が根底から覆ってしまう。
「21時39分、行村 愛海をバーチャルネットワーク規制法で逮捕。葛城 優姫を公務執行妨害で逮捕します」
女がカツとヒールを打ち鳴らした瞬間、周囲に電子的な透明化によって隠れていたパトカーが次々と姿を現した。警察官が降りてきて二人を包囲し、電波かく乱機を使い二人のBCCを圏外にさせる。
二人は一瞬の目眩を感じた直後、見えていた世界が灰色のコンクリートがむき出しになった世界に変わる。
皆同じ服を着て、何もない空間を凝視する世界。BCCがなければ、この世界には空白が広がる。全てが虚構なのだと改めて知る事になる。
その中で唯一変わらないフレアスカートのダークスーツを着た女が、悠然と微笑を浮かべて愛海に手を差し出した。
「あなたを逮捕します」
まるで友人を遊びに誘うかのような雰囲気で、楽し気な笑みを浮かべて女は宣言した。
二人は別々のパトカーに押し込められた。
愛海は横に座った女によってBCCを直接覗き込まれる不快感に苛まれながら。自分の肩を抱きながら震えていた。
一方で優姫には事前の取り調べはなく、一度BCCのIDチェックを受けただけだった。
そして二人は最寄りの警察署に連れて行かれ、また別々の取調室に押し込められた。
取調室と入り口に書かれた部屋は、メディアで紹介されるように広くはない。全体的には二畳もなく、大きな机が奥の壁ギリギリに寄せて置かれている。
取り調べを受ける側は、わざととても窮屈になるように座るしかなくなるように机も椅子も配置されている。足を伸ばすこともできず、姿勢はかならず不自然になる。さらに取調官からは、姿勢を崩すと反省の意思なしと脅迫されるため、上半身だけはまともにしようと余計に不自然な格好になる。そうして肉体的な自由を奪い、精神的な苦痛をじわりじわりと与え続けるようになっている。一世紀近く前から変わる事がない。
その取調室に通された愛海は、例のように奥の席に座らせられた。さらに告知なしで机の上に手を固定させられ、足と腰も椅子に縛り付けられた。
恐怖に顔を青ざめさせ、正面に座った女を恐る恐る盗み見る。
ダークスーツを着た女。顔は童顔で、大きなたれ目が特徴的。頭を飾るようなウェーブがかかった亜麻色の髪と相まって、柔和で印象がある。なにより同性であっても視線が向いてしまう主張の強い胸元の膨らみを意識してしまう。
「仁科 笑と申します。公安局バーチャルネットワーク規制委員会捜査室の捜査官です」
にこりと人当たりのいいほがらかな微笑を浮かべた女、仁科笑。同時に公安局発行の電子署名が記載された彼女の身分証が愛海のフェイストップに掲示される。
「先ほどは失礼いたしました。ご友人は別室で事情をお聞きしておりますので、ご安心ください」
朗らかな態度と声色で、警戒心が徐々に解れて行く。
「では行村さん。尋問を開始します」