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いくらかの冷静さを取り戻してきた愛海は、確かにここにいても始まらない上に、包囲網を構築させる時間を相手に与えてしまうデメリットを考えられるようにはなってきた。
ベッドから降りると、二人ともそこにいる自称ラヴァーを見た。
「手だてがあるなら、手を借りたい」
「やっとか。眼ざめの悪いお嬢さんだ」
嘲笑の色を隠すつもりすらないラヴァーの言い様に、頬を膨らませた愛海だが、今はこの人物に協力を願う以外に手だてがない。
「外に出るぞ」
さっさと踵を返し、外へいくその後をふたりは本当に大丈夫だろうかと、他人の顔が映し出されている互いの顔を確認しながらついていった。
ホテルを出て、駅前の通りを突っ切る。
本当に大丈夫だろうかと、愛海は何度も優姫の顔を確認する。本来であれば秀麗な顔があるはずのそこには、なんの変哲もない、平々凡々という青年の顔がある。
「なんで男なんだよ」
窓に映った自分の顔に不平をわずかに漏らす優姫に、先頭を行くラヴァーが肩をすくめた。
「自分がきゃわいいおんなのこになり切れてると思っているなら、まず一人称をわたしにする所からはじめるべきだな」
当然の指摘に、ぐっと言葉を詰まらせる。それを見て思わず吹き出す愛海。
「王子様は大変だな」
「秀まで……」
「……名前?」
今確かに優姫は愛海の名前を口にしたはずだが、聞こえたのは別の名前だった。
首をかしげると、またラヴァーはため息を吐く。
「日本には2億3千万台の歩行者監視カメラがある。都内だけでも3500万台。公安局は3機のスーパーコンピュータの並列処理を使い、民衆の日常会話を記録している。その中で約12時間前からある人名は検索対象だ。一般回線上にそのワードが出ないように偽装するのは当然だろう」
まったくとあきれるそぶりを見せるが、そんなことを当たり前のようにやってのける世界を二人は知らないし、理解する事すら困難だ。
常識がマヒしそうな二人を置いて、ラヴァーは大手ドーナッツチェーン店へ入っていった。
あらかじめオーダーをしていたのだろう。三人が店内に入ると、愛くるしいホロを被ったロボットが三人にドーナッツとドリンクが乗ったトレイをもって待機していた。
それにつれられて店の奥に入っていき、一番奥の人目に付かなそうなテーブルにロボットがトレイを置いて去っていく。
「でさー。昨日食べたケーキがなかなか美味くてさぁ」
席に着いたとたん、ラヴァーがなんの脈絡のない話を始めた。
向かいに座った優姫が眉根を寄せる。
「何をいきなり言い出すんだ」
「いや、本当だって! 明日行ってみようぜ」
そこで突然、半信半疑という顔の愛海が、優姫の手を握った。
「これで僕の言っている事がわかるようになっただろう?」
「あ? え?」
声も元に戻っている。一体何が起きたと目を白黒させる優姫。
「三日前に行村愛海、お前は僕に接触している。その時僕は今使っている暗号の解読キーを渡していた。そして今行村愛海が葛城優姫に接触した事でキーがコピーされお前にも僕が何を言っているのか分かるようになった。それだけだ。いちいち説明しなくてもそれくらい分かれ」
確かに今手を握られた事で、優姫のBCC《中》に所存不明のアプリケーションが付け加えられていた。
もはや次元が違い過ぎる話にめまいを通り越して、現実味すらなくなりつつあった。
「さて、作戦を伝える。傾注したまえ」
ラヴァーは、魔弾を提供する魔王のような、残忍な笑みを浮かべていた。




