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バランスを崩し倒れた数名が、その瞬間に立ち上がった。
「やっぱりか……」
「最悪の状況ですね」
本来であれば数分はまともに起き上がれないはずだ。それがすぐに再起している。
「全員、感染しているのか……」
優姫はもう一度人垣の向こうにいる少女を睨みつけた。
本来なら激痛にもんどりうち、動けなくなるはずが、間合いはさらに近づく。
「ど、どうなって!? いま、撃った!」
二人に守られる愛海が悲鳴を上げた。
「学校の時と同じだ……。ドラッグに侵されているから、痛みもないし、自我もないから恐怖を感じない」
優姫の冷たい声。憎悪は押し込み、ただ状況の把握だけに努めている。
そこで愛海が歌を紡いだ。
先日校内で中毒者を鎮静化させた歌だ。
動揺しきって、震えていた彼女の口から紡がれたとは思えない、完璧な歌声。
しかしどれだけ歌っても、彼らの動きは止まらなかった。
優姫の後ろ回し蹴りを、顔面で受けた男子生徒は弧を描いて飛んでいき、二度と起き上がらなかった。
「ダメだ……。もう……」
優姫が、苦悶に呻くようにつぶやいた。
「はは。さすがに同類だな! よくわかってるじゃないか!」
ショッキングピンクのパーカーを着た少女が笑う。
「お前は、許さない……」
押し殺してもなお溢れる憎悪に満ちた声。聞いただけの愛海が背筋を冷たくさせる。
その瞬間、残りの全員が一斉に飛び掛かった。
「クソッ!」
毒づき、優姫は知覚速度を最大限まで引き上げた。世界が静止する錯覚。水の中にいるような緩慢な動き。
その中で自分の体すら緩慢になる中で優姫は相手を観察し、より少ない労力でダメージを与える方法だけを考えた。
一方で仁科も即座にけん銃をしまい、徒手に切り替えた。
一番手前から、合気道の要領で投げ飛ばす。その先には別の誰か。一度で最低二人にダメージを与えられるように、緻密な計算の上で攻撃を展開していく。
どれほど時間が経ったのか。知覚時間と相対時間が大きく乖離を始めていた。
数は半数まで減らせた。それでもまだ半数がいる。腕を、足を砕かれ、顔中血に染めてなお、
断続的な波状攻撃によって、全力の稼働を強要されている。疲労の蓄積が限界に近付いてきた二人。肩で息をしながら次の攻撃に備える。
「もう限界か?」
嗤う少女をもう一度睨み返す。
相手の攻撃はどれをとっても致命傷になりうる状況。それでも相手への攻撃はほとんどが有効打にならず、致命傷半歩手前の威力を調整しながら行わなければ効果がない。
すでに優姫と仁科の癖は掴まれている。攻撃もほとんどよけられるようになってきた。
彼我の間合いは徐々に狭まっている。このままではそれほど時間を経てずに押し負ける。
-どうしますか? このままだと、押し負けてしまいますよ?-
額に汗を浮かべた仁科が、優姫にメッセージを投げかける。
背後で青ざめた顔で歌い続けていた愛海が、ついに口を閉ざした。
「な、なんで……」
すとんと力尽きたように座り込んだ彼女。それに優姫はショッキングピンクの少女をにらみながらつぶやいた。
「もう、手遅れなんだ。BCCが完全に乗っ取られている」
「ど、どういう……?」
すがるような目で、見上げた彼女を、優姫は見てやることができない。
「ドラッグが、浸透しすぎて、大脳のほとんどが破壊されている。もう、声が届かない……」
目を見開いて硬直した。
「やはり、D3Cですね」
仁科がつぶやく。




