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最後の一言。その瞬間に二人は臨戦態勢となり、愛海は小さい体をさらに縮めた。
暗い入口の先から、ぞろぞろと人影が続いてくる。
その先頭、軽薄に手を叩く人物。公園の物理街灯に照らされて見えた姿に、三人は息を飲む。
「で、自分勝手に歌を振り回す気分はどうだ?」
中村 ひかりだった。
ショッキングピンクのパーカーに、派手なカスタマイズを施された制服。入学当初に撮られた写真と同一人物だとは一目では判断ができない。
その彼女が嘲笑を張り付けた顔と、暗くよどんだ目でまっすぐに愛海を見つめていた。
「お前、誰だ……」
優姫が押し殺した声で、明確に敵意をあらわにさせて誰何する。
彼女が誰か、見た目ではない、中身の部分。
明らかに違う。間違えたものを詰め込まれた箱のように、違和感をにじませる。
”誰か違うモノがそこに入っている”そう思わずにはいられなかった。
「はは、部外者は黙っていろよ。出来損ないのヒーロー」
優姫の眼が限界まで見開かれる。そして犬歯を剥いて、腰を落とした。BCCから秘蔵の電子戦兵器『ソードダンサー』を起動。完全なる戦闘態勢を形成させた。
「お前、この前の奴だな」
優姫の言葉に、愛海はあっと小さく声を上げ、肩を抱いた。
「黒幕から、わざわざお出ましか」
その瞬間、事態を把握した仁科が目にも留まらない速さでけん銃を抜き、少女の額に照準を合わせた。
「おいおい。民間人を銃器で威嚇なんて、公安は相変わらずやることが極端だな」
だから嫌いなんだとうそぶき、それでも嘲笑を浮かべた顔は仁科を見ていない。
少女の視線の先には、愛海だけがあった。
ほかの些末事は、所詮は些末だと気にも留めない。
「それでも、ここに来たって事は、お前、覚悟できてるんだろうな?」
優姫の言葉に、しかし少女は嗤ったままだ。
「逆に聞くが、この状況、覚悟はできているんだろう?」
彼女たちと同じ学校の制服を着た少年少女たちが10名。異様にぎらついた目で3人を見据えていた。
完全に囲まれる形となり、優姫と仁科は無言で背中合わせとなり、その間に愛海が挟まれる。
緊張が最高潮に達した。
始まりは、彼我の呼吸と呼吸の合間だった。
10人の超並列演算による超物量攻撃が始まった。
コンクリートの地面が割れ、雷鳴と共に空が割れて落ちてくる。愛海繰り出す『ノア』に匹敵する情報質量が3人を押しつぶそうと世界と共に押しかかる。
しかしそれを当然のように予想していた優姫はネットワーク上に仮想のAIを構築し、そのAIに情報処理を行わせた。瞬く間に敵の『ノア』は解体される。処理限界を突破し、ノアの崩壊とともにAIも崩壊する。
その間に優姫はECW『雷』をエージェントに代行起動させ、敵陣営へ攻撃。
ホロディスプレイ上に雷光のエフェクトが走り、それと同時に敵10名の動きが一瞬だけでも止まりバランスを崩し前のめりに倒れこんだ。
一番先頭の男子生徒の体格から胸骨の強度をおおよそで計算した優姫は、その胸へ鋭く、折れない程度に加減をしなながら蹴り上げた。
弧を描いて跳ね飛ぶのを視界の端で確認しながら、次の動きを監視する。
一方で仁科も応戦を始めた。
電子攻撃を恐れBCCをシャットダウンし、手近な者から順番にすねを撃った。高弾性ゴムの弾丸が照準たがわず脛に直撃。着弾の瞬間自動環境適応服の耐衝撃機能が発動し、瞬間で高質化して威力を減じる。しかし威力は完全に殺しきれず、横転した。
その直後に、両者ともに驚くべきことが起きた。




