5
女は舌打ちを打ちながら一歩後ろに飛び退った。
ほぼ同時だった。愛海と女の間に何かが落ちてきて、女の持つけん銃を手で打ち払っていた。
「愛海! 怪我は!?」
落ちてきた何か、ビルの上から飛び降りてきた優姫が、後ろを見ずに愛海に尋ねてきた。
「え、あ、ぅ?」
状況がまるでつかめない愛海には、何をどう答えるべきかわかっていない。
その間に女は2歩後ろにさがりながら2度発砲。
知覚速度を速めている優姫には、スローモーションで動くように見えるそれの弾道を計算した。そして今まで自分の髪の毛を止めていた簪引き抜いくと、それで弾丸の脇をなぞって弾道を反らす。弾丸は大きく逸れ、ビルの外壁に跳ね返ると二度目で初速のほとんどが減衰して潰れて地面に落ちた。
3発目の引き金が落ちきるより早く、優姫は簪を女の顔の少し上に向けて投げつけ、姿勢を下げてその間合いに飛び込んだ。
「公務執行妨害で、あなたも逮捕しますよ?」
「上等。女の子一人助けられないなら、捕まってやるよ!」
けん銃を横に押し逸らし、下方から女の顎を掴もうと手を伸ばす。
女はそれも予想していたと言わんばかりに、けん銃で優姫の手を殴打し顔に伸びる手を紙一重で避け一歩踏み出す。
「ソードダンサーで知覚を30倍速に引き上げていますね。私を倒したいなら、最低でも80倍速くらいには引き上げてもらいたいです」
女は事もなげに優姫の秘密の手の内を言い当て、平然と30倍速で動く優姫の頭に抱きついた。そしてほがらかな笑みを浮かべ続けながら膝を優姫の胸へと全力で打ち込む。
どすんと音を立てる蹴り。その細く小さな体からは全く想像もできない力。
「くッ、そっ!」
激しく咳き込む優姫。それに女は微笑みを崩さず。
「カッコつけて登場もいいですが、圧倒的暴力者へ立ち向かうには手数が少なすぎますね」
もう一度、今度は倍の力を膝に込めた瞬間、女の体が浮き上がった。
「それは、お前もだ!」
力任せに女の体を優姫が放り投げた。たっぷり4メートルは飛んだというのに、女は新体操のように優雅に空中で身を捻り軽く着地して見せた。
それを見て優姫は舌打ちし、全速力で背後の愛海を抱き上げて跳んだ。一跳躍でビルの二階の窓枠まで跳び、そこを蹴ってさらに上昇しながら進む。
「これでは、追えませんね」
跳び去る二人を見送りながら、女はスーツのポケットから携帯端末を取り出して、追跡を開始する。
およそ2キロメートルほど愛海を抱いて走った優姫は、コンビニの裏手に飛び込み隠れた。
愛海は下されるとそのまますとんと座り込んでしまう。
その顔をしゃがみ込んで覗き込む優姫。
「もう大丈夫だよ、愛海」
微笑とともに、愛海の頭を撫でる優姫。
突然名前を呼ばれ、何年ぶりに頭を撫でられた。それだけで見開かれていた目から雫が溢れ出そうになる。
「な、なんで」
「ん? そりゃ、愛海がピンチそうだったから、体が勝手に動いた」
さも当然と言い張る。しかしそれは愛海の聞きたい事ではない。
「じゃ、じゃなくて! なんで!」
「ん? あ、そうだ、服変えてもらっていいかな?」
少しだけ困ったような苦笑を浮かべて、優姫は愛海の服を見る。
言われて愛海も下を向いて、自分がまだライブ衣装のままである事に気付く。
あわててそのライブ衣装を消し去り、地味な服を表示させた。
自然と髪も元々の黒に戻り、化粧も落ちるとネットアイドル@MMからただの行村 愛海に戻る。
衣装から私服へ変わると、途端に恥ずかしさが増す。赤面して俯いた。
「そ、それじゃ、状況を整理しようか」
思いもよらなかったリアクションを見せた愛海を気遣って、優姫は視線を逸らして話題を変えた。
その気遣いが余計に気恥ずかしさを助長させた。
「あ、そ、そう。え、っと……」
言葉にならない音を吐きながら、愛海はキョロキョロと周囲を見て、そしてある事に気づいた。
「え、うそ……」
愕然となり表情を凍りつかせる。何事かと振り向いた優姫も、目を見開いて驚愕する。
女がいたのだ。