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ほうと愛海は息を吐き、興奮冷めない顔で、はにかんで見せた。
歌を歌うのは、こんなにも楽しかったのか。と内心で小さくつぶやいた愛海。
「愛海、ありがとう! 最高だった! 本当に、愛海は歌が上手だ!」
まず歌ってくれた愛海に対してねぎらい、そして虚飾なく素直に褒め称える優姫。その言葉が胸の奥をくすぐり、どんな表情を作っていいのか混乱する愛海だったが、決して深いではなかった。むしろ、その言葉はじんわり彼女の中で広がり溶け込んでいく。
その言葉が欲しくて、愛海は歌ってきたのだ。
そして次にオーダーを出した依頼主を見て、屈託ない笑みを浮かべて見せた。
「どう?」
「ええ。素晴らしい一曲でした」
目を細めた仁科が手を叩いた。その言葉も偽りない本心だった。本当の彼女の言葉った。
「おや、ウルツァイト窒化ホウ素よりなお硬く心を閉ざしている、わたくしの笑様が、本当に笑みを浮かべていらっしゃる」
おやーと天体望遠鏡で顔を覗き込んで来る月面顔に、仁科はさっと顔を隠してゴミデータを投げつける。かすかに見えた耳が、気温のせいだけではなく赤くなっていた。
そんなやり取りを横目に愛海は胸に手を当て、まだ高鳴っている鼓動に驚く。
「うた、って、たのしいんだ……」
楽しい。
そんな気持ちになったのは、どれ程振りか。
今まで、自分のネガティブな気持ちが歌を、ただの自己顕示欲を満たすツールにさせていた。
初めて歌を歌った時だ。
「歌が、とても上手だね」
遠い記憶の中で、そう言って頭を撫でてくれた。
モノトーンに風化した記憶は、たしかに自分を歌へ執着させるだけの感動と、楽しみを与えてくれたように記憶している。
「愛海は、本当に歌がうまいね!」
仁科をいじり飽きたのか、それとも逆鱗に触れるのを恐れたのか、優姫が今度は愛海を抱いて揺さぶった。
余韻を引いて火照った顔が、別の意味で赤くなる。
はなせともがくが、体格差もあって全く意味がない。
「で、仁科。どうだった?」
散々小動物にやるように撫でまわした後で、今度は事の趣旨である彼女に確認をとる。
「ええ。私は満足しました。素晴らしい演奏でしたよ」
素直にうなずいた彼女も、どこか高揚しているのだろう。
「お前も、ピアノうまいな」
もはやあきらめた愛海の素直な称賛に、いつもの微笑を浮かべた。
「私、天才ですから」
「うわ、うざ」
当然と言い張る彼女に本音がこぼれた。
「性格って素直すぎると悪くなるんだな」
「いいえ。わが主さまは真正の性悪でございますからして、突き抜けて素直に見えるだけですよ」
使用人が主を目の前に毒を吐くと、わざとらしくジュ・トゥ・ヴは口に手を当て彼女と間をあけた。
ため息一つついたところで、突然どこからともなく手を叩く音が聞こえた。
「いやー、最高だったよ。素晴らしい演奏会だ。@MM」




