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夜の静けさが身に染みた。
先ほどまでの騒がしさをわずかに名残惜しむが、三人は夜道を歩いていた。
「さむい、さむいっ!」
震える愛海に、しめしめと優姫がホロディスプレイの猫耳フードのついたケープをかける。
「映像じゃあったかくならない!」
小さな手でそれを払いのけ、威嚇するように犬歯を剥く愛海。
「似合うのに」
「そこじゃない!」
犬歯を見せて威嚇する愛海を微笑ましく眺める優姫。その態度に余計に腹を立て、ぺしぺしと叩き続ける。
「仲がいいですね」
いつもの微笑とどこか違う、わずかにだが本心から見せているような笑みを浮かべた仁科。
「おや、笑様が笑みを浮かべておりますね。これは吉報!」
突然街灯の陰からカメラを構えたジュ・トゥ・ヴが現れ、彼女の顔を激写する。
さっと顔をそむける仁科に、二人は注目して、それからその顔を覗き込もうと全力で彼女の裏どりを始めた。
「あははは。笑様、17年目にして心の氷が解けましたね。あはは、めでたい!」
「17年?」
「ご自身のお誕生日をお忘れになられないでくだいませ。今日で17歳ですよ、笑様」
体でクエスチョンマークを作る月面顔のサイバーエージェントに、小首をかしげた仁科。一瞬の間を置き、ああ、今日でしたか。と小さくつぶやいた。
仁科とジュ・トゥ・ヴの会話を聞いていた優姫が慌てて身を乗り出した。
「なに。今日誕生日だったの?」
「そうでした。忘れていました」
「ちょ! 待て!」
頭を抱える優姫と、驚きを隠せない愛海。驚くベクトルは全く違う二人。
「何も用意してない!? もう少し早く教えてくれよ!」
「教える必要は、ないと思いますが?」
「ある!」
間髪入れずに答え、優姫はうなる。何か手はないかと思考を走らせる。
「誕生日くらいで、なにをそんな……」
「女の子の誕生日だぞ? それを祝わないなんて、オレにはできない……」
断腸の思いだと顔で語る優姫に、愛海と仁科は露骨に呆れて見せる。
「くそ。なにか、なにか……」
「なら、歌って聞かせてください」
「でもオレ、歌はめちゃくちゃ下手だし」
完全完璧と誰もが話す優姫だが、実は歌を歌う事だけは得意ではない。下手ではないのだが、それ以外のパフォーマンスがあまりに高すぎる為に下手に聞こえてしまうのだ。
その事は先ほど1時間だけ楽しんだカラオケで十分理解していた仁科はこくりとうなずいて、傍らで傍観を決め込んでいた愛海を手だ煽いだ。
「ええ。なので、彼女に」
「……わたし?」
突然振られた話しに驚く愛海に、疑問符を浮かべた。
「彼女が歌うように、交渉してください。そして聞かせていただければ、それでいいです」
「なるほど。わかった」
くるりと踵を返し、愛海の手を取り視線を合わせた。
「頼む。一生のお願いだ。歌ってくれ」
「まて。わたしカンケーない!」
全力で拒否をする愛海だが、熱意のこもった優姫は絶対に引く気配がない。
「ちょっと、ちょっとだけ!」
「意味が分からない! なんでわたしが!?」
いやいやと顔を振る愛海。優姫は眉間にしわを寄せ、彼女の手を放した。
あきらめたかと息を吐いた直後、優姫はホロディスプレイでアコースティックギターを映し出し、おもむろに弾き始めた。
軽快でありながらも、若さを謳歌するようなどこか荒々しい旋律。
思わず体がリズムに乗りそうになる愛海は、ぐっとこらえて聞かないふりをする。油断するとリズムに乗って歌い出してしまいそうなのだ。
かつて世界的にヒットしたアーティストグループの曲の即興アレンジだった。
愛海を乗せようと続くイントロに、さらにメロディが加わった。
驚く視線の先で、繊細で几帳面に電子ピアノの鍵盤の上で指を躍らせる仁科。
そこへさらに懐の広いベースを奏でる、ジュ・トゥ・ヴのテナービオラ。
今ここで初めて結成されたはずの三人が、完璧な調和をもって音楽を紡いでいた。
ここまでくると、もはや愛海の口は独りでに歌の演奏を始めていた。
世界的な大ヒット曲となった、かの曲。愛海は当然のように把握している。
それを今三人が演奏に合わせて微調整しながらも、完璧以上に歌い上げていた。
儚く、それでいて輝かしい、思い出の中の愛を歌った曲だが、その時は意味など考えなくただ弾むように、それでいて繊細に紡ぐ。
音楽は佳境を迎え、そして徐々に集約を見せていく。
楽しかった一曲は、余韻を引くように終わる。




