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午前10時。身支度を終えた3人が玄関をくぐった。
「仁科って、本当に実物の服しか着ないのな」
優姫はしげしげと仁科を見た。昨日と変わらない、フレアスカートのスーツの上にコートを羽織っていた。それらはホロディスプレイに表示されたものではなく、実際にそこに存在しているものだ。
「ええ、まぁ」
興味なさそうにつぶやき、自分の胸元で視線を止めた優姫を冷たい視線で見つめた。
「へんたい……」
それを傍観していた愛海が小さくつぶやく。
それに過剰な反応をして見せ、そして慌てて愛海に視線を移す。
「いやーそれにしてもよく似合ってる!」
「白々しい上に、不満だし、うざいし、お前、本当にただの変態だな!」
犬歯を剥いて威嚇する愛海だが、それをなつかない子猫を見る目の優姫。
そして三人は乗り合いタクシーに乗り、都市部へと移動する。
「いちいちタクシーとか、セレブかよ」
優姫がつぶやくが、携帯端末を操作する仁科は無言のままタクシーに目的地の指示を出し走らせた。
「費用対効果です。歩いて現地入りするのにかかるコストと、タクシーにかかるコストを天秤にかけた結果です」
「それがセレブリティだって」
平凡な人間の考えでは、そんな事を考えることはない。
タクシーに乗るお金より、歩いた方が安い、というのが一般人の考えだ。自分の労力よりタクシーの方が安いなんて考えには行きつかない。
もちろん2人は仁科が一人で裁判所と検事局、警察庁、弁護士の仕事を秒単位で行っているとは知らない。そんな事を知っていれば、納得していたはずである。
仁科が呼んでいたタクシーに乗り込んだ3人は、30分ほどで若者向けの店が多く立ち並ぶ都心部へ向かった。
中心部で降りると、狂騒とも近しい喧騒に満たされた街の嘶きに、仁科は微笑をわずかに顰めて見せた。
「いつ来ても、ここは騒がしいですね」
「にぎやかで、活気があっていいと思うけど?」
それに対して優姫は楽しそうに周囲を見渡す。片手間で情報収集に余念がない。
それをしり目に、人波に酔った青い顔の愛海。今すぐ帰りたいという雰囲気を隠しもしない。
街中、至る所にホロディスプレイの広告で溢れかえっている。
今3人がいるのは駅から伸びる中央通り。両サイドには商店が並ぶ。23年前のテロ事件以来、都内の過度の人口集中は徐々に分散していた。それでもまだ都市は人が集まる場所で変わりがない。見渡す限り人でいて、人のいない空間はほとんどなかった。
想像力があれば技術力を伴わずに、あらゆるものが作れてしまう現代において、売られている物の種類は、数えるのをあきらめてしまうほど溢れている。
ホロディスプレイを使ったファッションアバターは無数。現実には再現不可能な物でも、電子画像に過ぎないため再現できる。
電子世界用のアバターも販売されている。誰かが空想したショートムービー、アニメーショーン、音楽、ゲーム、なんでもある。それらの広告がひっきりなしに飛び交っていた。
自動車は自動運転化が当然となった現代において、道路をホロディスプレイで埋め尽くしてもなんら問題はない。広告が、飛び出す服が、アバターが、ゲームのキャラクター、アニメーションのワンシーンが飛び出してくる。
娯楽の特区とも黙認されているこの街はではこれが日常だ。




