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素直に振り向いた彼女はにこりと笑みを浮かべた。それが作り物であると感じさせてしまうのは、直観が冴えている優姫だからだろう。きっと誰も彼女の笑顔を疑わないはずだ。
「腹、減ってない?」
「そうですね。言われてみれば、今日はまだ食事を摂っていません」
「……食ってくか?」
「……」
「まだ少し余裕はあるし。オレらもなんか食わないと倒れそうだ」
「……ごちそうに、なります……」
「OK」
わずかに言いよどみ、視線を外した彼女の仕草を見逃さなかった優姫はにっと笑みを浮かべた。単純に女子に自分の料理をふるまうのが好きなのと、その仕草が優姫の琴線に触れたのだ。照れているのが見て取れた瞬間、彼女を可愛い子リストへ付け加えていた。
間もなく車はマンションに到着した。車は三人を下ろすと、自動的に走り去る。
マンションのエントランスホールの前に立つと、BCCの個人認証が優姫を認識し、オートロックが自動で開く。
「何にするんだ?」
「ハンバーグが半端にあまってるから、ミートボールでも作るよ。あと寒がりさんの為にコーンスープはいかが?」
冷蔵庫の中身から献立を思い浮かべ、口にする優姫。
すでにしっかりと味を覚えてしまった愛海は、目を輝かせていた。
「ほら、お嬢様も目を爛々とさせながら、男装の麗人にすがるといいですよ。大丈夫、任せてください。カメラの準備は万全ですから」
8ミリフィルムのカメラを担いだ月面顔を手で払う仁科に、優姫は振り向いて仁科を見た。
「あんまりリクエストには答えられないけど。何か食べたいものある?」
「シェフに、お任せします」
「お任せあれ、フロイライン」
ふふと気取った笑みを浮かべる優姫に愛海は顔をしかめる。
「うわ……、気障……」
痛烈な言葉にぐぬっと言葉を詰まらせた。
自動で来たエレベータに乗る。行先は操作をしない限りは自動的に自分の部屋がある階へ向かう。
「そういえば、お前、お金持ちだよな」
ふと、愛海が思い出したようにつぶやいた。
「オレ?」
「そう」
「そんなことないと思うけど」
「こんな広い家に一人暮らしだろ?」
「あー……、まあ。でも、うちはそれほどでもない」
玄関のドアが独りでに開く。彼女の住む部屋は、家族向けの3LDKだ。そこを一人で使うのは不自然で、優姫以外が住んでいる気配もない。
明らかにごまかすような素振りを見せながら、いつも通り二人をリビングに通した。
テーブルに着くと、愛海は周囲を見渡した。そしてIoT化されたあらゆる機器にハッキングをかけて行き、彼女の情報を探り始めた。
「おーじさまのヒミツ、のぞき見してやる」
不敵な笑みを浮かべた愛海は、自分を中心に無数の網目を吐き出し構築を始めた。
世界が反転する感覚。現実の体は、電子世界の体と入れ替わる。物理的な重さのある世界は、0と1が示す機械語の世界へ差し変わる。
毛玉のアバターへ姿を変えた愛海は、好奇心の赴くまま優姫の家のローカルエリアへ侵入を開始する。
網目はあらゆるセンサーから、家内サーバーへ接続されていく。そして正規権限者であるふりをして侵入を開始する。
「ひとつ言っておきますけれど、私見ていますからね?」
仁科は携帯電話から顔を上げずにつぶやいた。




