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現実世界で優姫が叫ぶ。
愛海は電子戦兵器《ECW》『ノア』を起動する。
「歌がウイルスになるなら、歌で治せるに決まってる!」
そして愛海は空気を小さな腹腔に押し込み、歌を紡ぎ出す。歌を優姫がこじ開けたドアへ流し込む。莫大な量へコピー量産したデータとして、奔流を校内のローカルエリアを水没させるように流し込む。
その一方で緩やかに、夕焼けの浜辺のように、静かに歌を紡ぐ。
世界的なブームとなった楽曲をベースに、BCCに作用を来すと思われる波長を歌い上げる。
しかし効果は真反対になるように、数分の間に作り上げた歌。
苦痛に呻いていた綿貫が、その歌声に顔を上げた。
電気椅子の刑に処されていた気分が、徐々に晴れていく。
「……や、べ。ホンモノのが全然いいわ……」
ただ一途に、今の今に即興で歌っているとは思えない完成度で歌う彼女。
息を吐き出し、言葉を、歌を紡ぐ寸前まで、恐怖で唇を震わせていたにも関わらず、歌う姿は往年の歌手にも引けをとらなかった。
歌い出しは静かに。引き際の漣のように。
連なる波のままに、そして満潮に近づくように徐々に強く存在感を表していく。
透明で繊細な歌声は、いつしか誰もが耳に留め聞き入っていた。
電子世界では、徐々にだが変化が起きていた。
愛海の電子戦兵器《ECW》によって、彼女の歌は増え、ローカルを満たしていた。
そしてその歌声を聴くアバターは、段々と動きを止めていく。
「出来たんだ……」
事態は急速に沈静化を進めていた。
一曲を歌い終えた時、外の喧騒は静まり返っていた。
愛海は一度深呼吸して、外の防犯カメラの映像を見た。
ドアの外にいた生徒たちは、両手を真っ赤に染めていたが、今は棒立ちで微動だにしない。
「一応ループ」
そこで優姫は今愛海が歌っていた曲をループ再生で校内に流す。
「おわっ、た?」
「終わった」
肯定した優姫の声を聞いて、愛海はぺたんとその場で腰を抜かして座り込んだ。
はあとため息を吐いて、虚脱する彼女。
優姫はネットでの作業をエージェントに任せ、現実世界に意識を向ける。
全員が疲労困憊という顔で、その場に座り込んでいた。
「なんとか、全員無事、かな?」
「どこが……。頭、われるかと思ったぞ」
こめかみを抑え、青い顔の綿貫が恨めしそうに優姫を睨んだ。
「大丈夫だろ。死んでない」
「うるせ。バカになったらどうする!?」
「これ以上馬鹿にはならんだろ」
2人の会話を打ち切るように、鍵をかけた唯一のドアが勢いよく開いた。そこに背を預けていた綿貫が盛大につんのめって倒れる。
「無事ですかッ!?」
ドアを開けたのは、仁科だった。全速力で走ってきたのか、髪は乱れているし、息も少し上がっているようだった。
愛海と優姫は、普段と雰囲気が違う彼女に目をしばたたかせた。
「あ、ああ。なんとか……」
うなずく愛海を見て、それから室内全体を見渡してからほっと息を吐いていつも通りの微笑を浮かべた。
「それなら結構です。救急車を呼びましたから、病院へ行きましょう」




