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油汗をかきはじめた優姫を尻目に、愛海ははたとあることに気付いた。
「うた、の、波形がドラッグとして機能する……」
「ん? 愛海たんどーした?」
異変に気付いた綿貫が顔を上げる。その顔も優姫に力を分け与えているため、色濃く疲労が滲んでいた。
「うたの、中……」
ブツブツと言葉を羅列する愛海は、空中を右手の指でなぞった。
細い指を追うように、虹色のグラフィックが流れた。荒波を浮かべる海辺のような極彩色のグラフィックは、今学園中で流れている曲と類似する。
「ここに、これが悪さしてる……」
左手の指がそのグラフィックをなぞる。
もう一枚の極彩色が重ね合わさり、全く非なるようで、類似するふたつが浮かび上がる。
「昔聞いた、歌。うたで」
そこで愛海は顔を上げて優姫を見た。
「5分間でいい、学校全部、奪って」
突然聞き取れる言葉を放った愛海に驚きながら、それでも優姫は不敵に笑った。
「ハッピーエンドにできるなら、5分でも、50分でも」
「やる。終わらせるから」
「OK。でも、準備に2分かかる」
「分かった。できたら、入り口こっちに」
「まかせな」
そして優姫はもう一度電子世界に飛び込む。
無数の鍵付きドアが並んでいた。
ドアの先は学園中のネットワーク回線。
「たまには、全力全開、一発勝負も悪くないか……!」
言って、学園中に散っていた分身を掻き集めた。
それと同時にゾンビと化した無数のアバターが殺到する。それを分身がそれぞれ蹴散らす。
優姫は別の巻物を取り出し、それを手に持って広げる。
「忍法解凍。
術の一 分身
術の三 鍵抜け
呼び出し」
巻物の上に、光り輝く正二十面体の箱が浮かび上がる。
箱がふたつに割れると40の面を持つ断面へと形を変え、さらにそれが割れ80の断面を持つ箱へと形を変えた。
倍々に変化を遂げ、いつしか箱は10485760の断面を表していた。
「開!」
面のひとつずつから光線がのび、それぞれのドアを撃ち抜いた。
そしてドアは開かれ、面はそれぞれが忍者のアバターに変えて壊れたドアに飛びついて完全に開け広げられた。
しかしそれと同時にゾンビ・アバターがドアに殺到し、塞ごうとする。
それに対し、優姫のエージェントはそれぞれが分身を出し、倍々法に増えて妨害する。
アバターの数は、全校生徒と教師の数とほぼ同じ。
電子世界上で繰り広げられる、500対1000の合戦。
少しでも長く時間を稼ぐために、戦い続ける。
「くそっ!」
戦術、戦略なんてかけらも無い、ただの物量勝負。若干とはいえ演算を肩代わりしてもらえているとはいえ、電子戦兵器『光』と超並列化したエージェントを一人で扱う優姫も、そう長くは続けられない。
脳の中で電撃が走り続けるのを感じた。
BCCが疲労と頭脳への負荷がかかりすぎている事を警告する。
ジワリと優姫が押され始める。ドアを広げる電子戦兵器《ECW》の動きが遅い。負荷が強すぎる。
現実世界では、綿貫が過負荷により一瞬気を失いかけていた。
まずい。
そう思った瞬間、ゾンビ・アバターの動きが止まった。
中央放送室という正規ルートで進入する優姫と違い、違法ルートから進入するゾンビ・アバターたちの子回線が負荷に耐えきれず落ちたのだ。
その瞬間、優姫は一気に押し返しエリアを封鎖する。
「愛海!」




