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電子世界の歌姫  作者: 夜桜月霞
悲観的な歌姫
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 歓声が波となって押し寄せる。スピーカーからはハイテンションなギターとドラムが流れだす。


「この曲……」


 愛海がステージに顔を向けた瞬間、


「みんな! いっくよーーッ!」


 飛び出す様に少女がステージ上に現れた。


 衣装は派手なパステルカラー。薄桃色の髪はステージで映えるように大きく波打たせてある。


 仁科に逮捕された日の衣装だ。


「うっわ。やっぱり生だと三割増しに可愛いなぁ」


 隣で歓声に隠れながら綿貫がつぶやく。


 残念だがこれは生ではない。BCCで投影された幻想だ。あの日のライブ映像をそのまま流せるのは、この場にいる生徒のBCCを並列処理させて投影しているから行える力業だ。もちろんそうなれるとパンデミックを防ぐ手立ては全くない。準備は整っていた。


 この後の惨状を知っているから、愛海は気が気でない。もしもの時の為に脱出できるように後ろの方へ移動しようにも、観客が次々前へ前へと押し寄るのでそれもできない。


 優姫はこの後を知っていないにしても、緊迫した表情でステージを見つめていた。


 怒涛のように一曲目が終わり、すぐに二曲目と続く。


 その瞬間、ステージ上の@MMに誰かがとびかかった。スポットライトに照らされてできた深い影から飛び出したのは、女子生徒の制服を着こんだ小柄な人影。


「あ!」


 バックミュージックだけは鳴り続け、ボーカルは途絶えた。


 時が止まったかのように静まり、ステージ上の@MMがどさっと音を立てて倒れる。


 本来の記録では部屋に入ってきた仁科へ、愛海が反攻強襲する事で隙を作って逃げ出した。今流れた映像ではその部分は加工されていた。


 何があったのか、理解は誰もできなかった。


 ただステージで@MMに飛びかかった人物は、踵を返して客席へ飛び降りると、赤い液体のついた刃物を振り回し奇声を上げて走り出した。


 悲鳴が連鎖し、人垣が割れた。


 その人物はまっすぐに愛海へ突っ込んできた。よく見れば愛海に見えなくもない、ホロディスプレイで構築された合成映像。そうと分かったのは、この場では優姫だけだった。


 優姫が愛海の肩を抱いて逃げようとした瞬間、照明と合成された架空の加害者が消えた。直後にスポットライトが愛海を照らす。その足元に、血が付いた刃物をホロディスプレイで映し出しながら。


「やられた……ッ!」


 優姫の舌打ちとつぶやきは、おそらく誰にも聞こえなかった。


「こいつが犯人だ!」


 どこかからか上がった声。


「@MMが刺された!」


「そいつを捕まえろ!」


 静寂は怒声となって、愛海に押し寄せた。


「捕まって!」


「逃げよう!」


 優姫が愛海を抱き上げ、綿貫が背後の一人を突き飛ばした。


「道空ける! 逃げな!」


 綿貫が事情を知っているはずがない。それでも彼女は咄嗟に何かを察したのだろう。

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