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電子世界の歌姫  作者: 夜桜月霞
悲観的な歌姫
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 駅前の大通り。道路を挟んで両側には商店が並んでいる。


 生魚が空を泳ぎ、無数のアクセサリーが舞い踊っている。香しい肉の焼ける香りが漂っていたと思えば、さわやかな酸味と甘い香りを振りまくフルーツの山が一口いかがと愛想を振りまいている。


 現実にはありえない現象が起きているが、それはすべて幻想だった。


 脳髄の奥底に埋め込まれた生体バイオコンピュータが魅せる電子世界を、現実へ上書きし見せているのだ。


 首都部はこの手法を用いて、ほとんどの人が電子世界の虚構を見て生活を送っていた。


 いつでもどこでも誰でもが簡単に情報を手に入れ、情報に接続され、情報を生み出し続ける。ユビキタス社会の到達点ともいえるそれが、この時代だった。


 夕食の準備のため繁盛を見せる商店の中を、隣街の高等学校の制服を着た女子生徒が3人並んで歩いていた。


「あー! 行きたかったなぁ!」


「なにが?」


 右後ろの少女が悔しそうに声を上げる。それに先頭を歩く少女が振り向いて、小首を傾げた。その拍子に銀の簪でアップでまとめられた黒い長髪が舞うように揺れた。


 先頭の少女の名前は葛城つづらぎ 優姫ゆうき。隣街の名門高校に通う女子高生だ。しかし彼女はよくある女子高生と大きく違う点があった。


 まず秀麗な容姿。黒真珠を解いて伸ばしたような艶やかな髪は後頭部に銀の簪でまとめられ、動くたびに踊る髪先と簪の枝垂れが、黙っていても視線をひきつける。


 またほっそりとした面立ちに象嵌された黒い瞳は切れ長で、右目元にな泣きぼくろがひとつある事でどこか年齢以上に大人びた雰囲気を作っている。


 身長は173センチと同世代の女子の中では抜きんでて高く、手足も非常に長いため何のごまかしをせずとも第一線のファッションモデルとして活躍ができるだろう。なにより立ち居振る舞いに筋が通っている為、長い指先やつま先が流れるように動く。一挙一動が絵映えし誰もが思わず目に止める美しさがあった。いわゆるカリスマ性がにじみ出るタイプの容姿である。


 そんな彼女だが、見た目もそうだがどこか浮世離れていて、流行にはとにかく疎かった。


「え? 知らないの?」


「こらこら、優姫がそんな流行り物知ってるはずないだろー」


 左後ろを歩く少女が苦笑交じりにいなす。


 それに先頭を歩く少女は少しだけ憮然とした顔になった。


「今一番人気の歌姫アイドルだよー?」


 右後ろの少女が言うと同時に、先頭の少女の目の前に立体映像ホロディスプレイの画像が浮き上がる。


 彼女たちと同じくらいの年頃の少女が、舞台の上で楽しそうに溌剌と歌を歌っている写真のような短い動画だ。遠い昔に流行ったgif動画のように、数秒の短い動画がループで映されている。


 ピンクに近い赤い髪と、大きな目をさらに強調するメイクを施した顔。軽快なリズムに合わせたダンスでひらひらと動く服はきっと立体映像ホロディスプレイで合成されたものだろうが、視線をひきつけて離さない。そこまで計算の範疇だろう。


 歌姫アイドルなんて、もう絶滅危惧種扱いの、過去のものだった。


 BCCによって人は”理想”を手に入れた。


 技術がなくても、妄想から理想を直接現実に引き出せる。そんな世界で届かない願望の体現なんてものは、存在を許されるはずがない。アイドルなんてものは、もう完全な電子世界バーチャルワールドの中の実在しないものだけだと思っていた。


「@MMっていうんだけど、知らないよねぇ」


「ふーん」


 それなのに歌姫アイドルと呼ばれる少女がいる。


 先頭の彼女は二人に気づかれないように、立体映像ではなく脳内で噂のアイドルを検索し、顔の画像を幾つか見繕うと脳内で見つめた。


「やっぱり……」


「ん? なに?」


 誰にでもなくつぶやいた声に右後ろの少女が反応するが、優姫は首を横に振った。


「いや、なんでもないよ」


 頭の中に出していたウインドウを閉じ、頭を振った。


「まさかね」


 あの子がこんな大それた事をやれるとは思えない。


 そう思って思考を切り替えようとした時、歓声の波が三人に近づいてきた。


「なになに?」


「なんだろ。近づいてきてる?」


 好奇心が抑えられない二人。優姫は周辺の監視カメラへ不正アクセスを行い、何が来ているのか確認を始めた。


 その波が突然割れて、それが飛び出した。


「え、うそ」


「@MM!!」


 後ろの二人が叫ぶ。人垣をかき分けて飛び出してきたのは背の低い子供。今さっき画像検索をかけた少女だ。


 @MMはひらひらと動く衣装の事など気にもかけない、一心不乱な全力駆け足で三人の前を通り過ぎていく。見るからに運動が苦手そうな走り方だった。


 そのすぐ後にもう一人、フレアスカートのダークスーツに身を包んだ女が走っていく。


「な、なに今の?」


「ホントに@MMだった?」


 困惑する二人。その言葉も耳に入らず、去って行った後を目で追っていた。


「ごめん。急用ができた」


「は?」


「え?」


 驚く声も聞かずに、すでに足は動き出していた。もう二度と、兄の時のように見過ごして、助けられなかったなんて後悔をしない為にも。


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