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図書室を出ると、今度はたまたま通りかかった女子生徒たちが声をかけてきた。もちろん男装した2人が目当てで、ただ声をかけられるのではなく写真を撮られる。それも大量に。
「なんか、アタシらだけってのが、解せない」
「どうせだったら、愛海も一緒に目立とうか……?」
「は!? なにゆって!?」
観衆に囲まれる2人が、新たな犠牲者を求めて視線を向けてくる。
愛海は必死に『調子に乗るな。ここで変なことしてバレたらどうする』と何度もメッセージを送り続ける。しかし確認しているとは思えない。
「ほら、ほらー。いいこだからー」
異様にギラついた目をした2人が迫ってきた。
後ろへ少しづつ下がりながら、愛海は送信領域に強固な防護を施していく。さらに来るべき攻撃に備え、いくつもダミードアを仕掛けた。向こうも攻撃準備が整ったのだろう、仮想電子戦の体力、BCC疲労値のゲージが視界の端に表示された。
「不公平はよくないよな。愛海、オレたち友達だろ?」
目に本気な光を宿らせながら、優姫は長い足で大きな一歩を踏み出した。公平性のために見えた優姫のゲージの長さに、愛海は悟りを開きかける。
愛海の仮想電子戦《VEC》能力は上級者として扱われるレベルであり、少なくともこの数年では負けた事はない。界隈では不正行為者と噂されるほどの実力である。
愛海のスペックは、体力値《HP》が2万ポイント、BCC疲労値《MP》は5万ポイントを超えている。ボスクラスと云われるスペックであり、ゲームの中では俗に”英雄クラス”と呼ばれる度合いだ。
それでも優姫は桁が違った。体力値は8万を超え。BCC疲労値に至っては20万という、ネット上でもまず見た事がないレベルだった。実在する個人のもつレベルであってはならない数字である。
あまりに非現実的な数字に、ゲージが壊れているのか疑い綿貫を見たが、体力値《HP》は8000で、BCC疲労値は500をわずかに超えている程度。平均値よりかはたしかに高いレベルを示している。壊れてはいないようだ。この数字が一般的な”戦士クラス”の数値であり、優姫の数字は正気の沙汰ではない。この数値は実際のBCCの性能から脳に疲労が出ない安全域から算出されるものだから、本来の優姫の性能はこの数字のさらに何倍である事が想像できる。
その数値を前に悟りを開き替えた愛海は、首を振って現実へ帰ってきた。
「愛海ちゃん? ほら、全然怖くない。こわくなぁい」
わずかな狂気をにじませながら綿貫も大きな一歩を踏み出す。
愛海は逃げ場のない状況で、自分のカードをもう一度考えなおす。
綿貫の実力は不明のままだが、先ほどから集めている情報とポイントゲージを見た限りで敵ではないと判断できる。
問題は優姫である。単純な演算速度から戦術レベル、何をとっても勝てる要素がない。自分の倍以上も数値が高い人間に出会った事がない。あるとすればMMORPGの裏ステージ、制作陣がちょっとした悪戯心で作った、絶対に勝てない裏ボスだけだ。
勝てるビジョンが浮かばないとは、まさにこの事である。
切り札の電子戦兵器《ECW》『ノア』によって、無尽蔵な情報質量を不意打ちするように押し込みこの場を逃げ切るか。いや、優姫の電子戦防備《EP》を前にして、そんな攻撃は即座に解体され消滅するのが容易に想像できる。不意打ちの瞬発力で仁科の時のように一瞬だけの目くらましにはなるかもしれないが、それ以上は期待できない。そもそも乱発すると警察に目を付けられるため避けたい大技である。
徐々に間合いは小さくなる。逃げる愛海の1歩と2人の1歩には大きな違いある。
歯噛みした瞬間、優姫が動いた。指をはじいてぱちんと甲高い音を立てた。
優姫の持つ最強能力のひとつ、電子戦兵器《ECW》『光』はあらゆる電子的防備を無効化、理論上は解読不可能という云われている深層意識パターンキーですら解除できる。そんな常識破りの能力をもった優姫を相手にして、そもそもがまともな戦闘をできるはずがない。なのでこれは最初から勝負ではない。生贄を捧げるための儀式と同義だったのだ。
優姫を中心に青い炎が爆発するように、指を弾く音と共に広がった。
半径10メートル以内のあらゆるプロテクトが外され、ネットワークの管理権限が一時的に優姫の手の中に強制移譲される。
起動した『光』によって、下準備しておいた対抗手段はすべてが無効化。一瞬にして大量の警告文が表示され、体力ゲージは0となる。これは先日、ネット上に閉じ込められた時の切り札と同じ物である。電子的な脅威は、彼女を前にそのほとんどが瓦解して消える。
堅牢な対空防護陣地、強靭な空対空設備を備えて待ち構えていたのに、大陸艦弾頭《ICBM》で戦術核を乱れ撃ちれたかのような無力感だけが、愛海中に残った。
新たな対抗手段を用意する間もなく、綿貫によって不思議の国のアリスのような、かわいらしいエプロンドレスに衣装が変更させられてしまう。
無言で固まる愛海を見た優姫は、無言で綿貫に親指を立てて笑顔になった。それに同じように親指を立てて笑顔で答える綿貫。
この2人常習犯である。




