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「さて、噂の子は?」
気を取り直して優姫が尋ねると、綿貫はレースの付いた袖を揺らして指差した。
「いつもならあっちで本読んでるはず」
部屋の奥を指していた。そこは物語系の作品の本棚がある場所だ。
3人そろってそちらへ歩いて行くと、あれと綿貫は首を傾げた。
そこには少女が1人だけだった。
大きなヘッドフォンを付けた、髪の短い少女だった。制服は改造され、スカートが短く上着の代わりに赤に近いピンクのパーカーを着ていた。
「中村さん?」
綿貫が自信なく尋ねると、呼ばれた少女は振り向いてヘッドフォンを外して首にかけた。
「あ! 綿貫さん! 久しぶりだねー!」
大音量で音楽を聞いていたのだろう。大声で返事をして、ぱっとはにかんだ。
そこで愛海に優姫からメッセージが届いた。
『オレの知ってる子と違う。本人なのは間違いないけど……』
『何がちがうの?』
『なんていうかな、もっとこう、大人しそうな子だったはずだけど』
地味というと、今の中村という女子はとてもそうは見えない。むしろ派手な方で、間違いなく生徒指導の教師に捕まる対象となるだろう。
試しに愛海はクラス名簿を学校のサーバーから盗み出し、人相の照合を始めた。1秒と経たずに終わった。目の前の少女が中村 ひかりで間違いないはずだ。
しかし登録された人相とはかけ離れていた。登録されていたのは、校則通りの制服と校則通りの髪型をした、校則通り化粧もしていない少女だった。
そんな愛海が親近感を抱くはずの彼女は、今は派手な化粧と髪型をして、校則違反の改造制服と派手なパーカーを着ている。
一体なにが起きたのだろうかと内心で首をかしげるとともに、中村のネット上の痕跡をたどるため、彼女のログデータへハッキングする。
「それに葛城さんも! なんでそんなかっこいいカッコしてるのー!? チョー似合っててウケるー」
けらけらと楽しそうに笑う彼女も写真を撮るジェスチャーをする。
「ちょいちょい! 撮るなって! 恥ずかしい!」
「こ、こら。ヤメロ!」
顔を赤く染める2人は言って顔を隠すだけだった。基本的にこの2人は女子に対しては手を出さない。その為ほかの女子たちは調子に乗って様々な犯罪まがいのスキンシップをはかってくる。それに手を焼いている二人を見て少女たちは余計に面白がって犯行がエスカレートしていくのだ。
しばらくして撮り飽きたのか、撮影をやめた中村は小首を傾げた。
「で、どうかしたの?」
楽しそうに微笑む中村は落ち着きなく、3人の顔を見比べた。
その時視線が重なった愛海は、異様な寒気を感じた。中村の目が、まるで濁ったガラス玉のようだったのだ。なによりハッキングをかけていた事が見透かされたようで、心臓が一瞬大きく鳴ったように思えた。
「ああ、そうだ。中村さん、@MMのライブのツテある? ちょっと2枚ばかりチケット用立ててくれないかな?」
綿貫が思い出したように本題を口にする。
それを聞いてああと手を叩いた。
「そういう事か! んー、最近は倍率高くて難しけど、やってみるよ!」
笑顔で快諾したが、すぐに眉を落として少し困ったような表情になる。
「あと、なんかこの前悪質なファンがライブ中乗り込んできたみたいで、次がいつになるかわからないんだけど、それでもいい?」
まっすぐに愛海を見た中村。それに内心の動揺が見透かされないように、こくこくと大きく頷いた。
「おっけー。それじゃちょっと頑張ってみるよ。綿貫さん誘って、葛城さん誘わないわけにいかないもんねー」
と言った時点ですでにウィンドウを表示させて、次々ツテを当たり情報を集め始めた。
「上手くいったら連絡するねー」
「アリガトー。今度カラオケでもいこー」
「いいねー。そん時はおごるよ。葛城が」
「だな。そうじゃなくても今度遊びいこうか。中村さんとちゃんと遊んだことないし」
「さすが学校一のたらしだー。うけるー」
けらけら面白そうに笑う中村にそれじゃと言って、踵を返した。2人はあとに続いた。背後で仮面のような笑顔で手を振り続ける中村を、一度だけ振り返り見た。




