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余計に不安が掻き立てられ、落ち着かない。逃げ出してしまいたい衝動に駆られていると、そこに教師が来た。
「おーい。あんましゃっべてると、単位やれないぞー」
「げ」
「さんかしてますー」
「適度な休憩だから」
口々に言い訳を始めた彼女たちは、散り散りになってコートに入っていく。残ったのは愛海と最初の小麦色の少女。
「行村さんはまだダメっぽいねー。もう少し休憩しとくよーに。綿貫面倒見てあげて」
「あいあいー」
綿貫と呼ばれた少女は、どっこいしょとつぶやいて愛海の隣に座り込んだ。
愛海は自分の記憶を探るのと同じ感覚で学校サーバーへ不正アクセスしてクラス名簿を入手し、彼女の個人情報を入手した。悪事を働くというよりももはや無意識で行っていた。
綿貫 紫。陸上部。成績は総体で学級2位、学年では3位。理系に強く、文系は若干苦手。
担任教師が書いたと思しきコメントに目を通していると、視線を感じた。
「誰かに似てるって、@MMだ。行村さん似てる」
じっとまっすぐ見つめられるのは、怖い。若干対人恐怖症の気がある愛海にとって、まっすぐ誰かに見られるというのは、何もないのにまるで襟首を掴まれ睨まれているような感覚になる。
「目も大きいしなぁ。化粧とかすると、余計に似てるかも……」
似ているもなにも、この顔に化粧をすると@MMそのものだとは、口が裂けても言えない。
なんとかして話をそらさないと。焦りが出てきて、咄嗟に口を開いた。
「わ、わたぬき、さん」
「あに?」
小首をかしげる彼女に、半ば必死な愛海は続く言葉を探して何とか続きを思いついた。
「え、@MM、すきなの?」
徐々に反らして行こう。一気に変えると不信がられる。
「うーん、実はそんなに好きじゃない」
意外な言葉が返って来て驚いた。
「そうなの?」
「うん。なんていうかな。聞いてるとぞわぞわするっていうか、たまに変な音聞こえるんだよね。録音環境のせいなのか知らないけど」
何て言うのかなぁと腕組みしながらつぶやく彼女。
愛海は自分の歌の音声を二次元グラフに直して確認する。もちろん人には見られないように、脳内でのみ再生している。若干の見にくさはあるが仕方がない。
人間の可聴域の範囲内にはおかしい部分はない。あるとすれば超高音域の、BCCに悪影響を与える電子ドラッグの部分。この範囲であれば、まず普通の人間に聞こえる範囲ではない。
「だからずっと聞いてると気分悪くなってくるんだよねぇ。あ、外見は好きだけどね」
そう言いながら綿貫は愛海にも見えるように、画像をいくつか表示させた。@MMのライブのスナップ写真だ。
「これ、結構前なんだけど、偶然知り合いにライブ連れてってもらった時のやつ」
ちょうど人気が急加速し始めた時期のライブの映像だった。ステージ上を走り回ったり、派手な演出で一番手の込んだ回である。
「なかなかうまく撮れてる。あ、そういえばこの時もちょっと頭痛くなったなぁ」
なんだったんだろとつぶやき、顎に手を当てた。
カンや聴力だけではないだろう。なにか聞き分ける条件でもあるのだろうか。
記憶のメモにそんな言葉を書置きして、顔を上げると優姫がいた。
「お、なんだ葛城」
綿貫も気づいて顔を上げると、ちょうどシャツの裾で顔をぬぐっている所だった。細いが筋のあるウエストが見えた。
「ちゃんと打ち解けてるね」
よしよしとうなずく優姫。
ちなみに半分に仕切った向こう側、男子たちがいるバスケットコートでは死屍累々というありさまで、ほとんどの男子は倒れこんで荒い息をついていた。
「な、なにやったの?」
その状況に思わず聞いてしまった愛海に、優姫はあれと得点表を指さす。
「お、男子頑張ったねー」
「まーね。何点かとられたし」
綿貫は優姫が獲得した点数を無視して、単純に男子たちの努力を称賛した。
むしろ差がついた状態でよく戦えたものだ。もし愛海なら差がついた時点でゲームを投げ出している。そういう意味で声に出さず男子たちを尊敬した。
「わがクラスが誇る二大類人猿のお二人。そろそろ片付け始めるよー」
「類人猿ってなんだし!?」
「いや、まって、アタシは足早いだけで凡人だから!?」
聞き捨てならないと、訂正を求める二人は言いながらもコートの片づけを始めた。
愛海も立ち上がって片づけを手伝う。




