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頷いてメッセージを作ろうとした瞬間、入り口が開いて何かが入ってきた。
「はーい。お呼びでしょうか? お嬢様。いえ、お呼びではないようですね?」
右眼窩にロケットがブッ刺さった月面顏。そしてその下にはシルクのタキシードを着込んだなにか。以前優姫が警察署で見た、何者かのエージェントだ。
「わたくし、とある仁科さまのエージェントを務めております、ジュ・トゥ・ヴと申します。どうかお見知りおきを」
満面の笑みのまま軽やかにお辞儀をひとつ。
「な、なんだ?」
完全無欠な不審者に距離をとる二人に、ジュ・トゥ・ヴと名乗ったエージェントはシルクハットをひと振り。そこから名刺がふたつ落ち、ひらり風に舞うように宙を踊り二人の手元に収まった。
名前と連絡先が書かれた名刺。この連絡先はジュ・トゥ・ヴ個人宛なのだろうか。愛海は疑問に思ったが、確かめる気力もない。
愛想笑いと本心の笑みの中間のような笑みを浮かべたまま、ジュ・トゥ・ヴは無駄に長い足で軽やかに部屋の中を歩いて回り、あはははと声を上げた。両手が無意味に動き回り、一見阿波踊りでもしているように見えなくもない。
「これは骨が折れそうですね。なかなか大変だ。お二方、ここはどうぞわたくしジュ・トゥ・ヴめにお任せして、おかえりくださいませ。ああ、それと今度美味しいお茶のお店でも行きましょうね。味音痴などこかの仁科さまは置いて、三人で」
ひらりと手袋をつけた手を翻すと、廊下に通じていたはずのドアが、いつの間にか公共地域へ通じていた。データをすげ替えたのだろう。
「なんか、伝えておく事は?」
「いえいえいえいえ。すべてこのジュ・トゥ・ヴにお任せあれ。あ、あとメアドも書いておきましたので、お気軽にメールくださいね。わたくし、いつも起きてるので、月なのに。あはは」
「メアド?」
愛海の小さな声を聞いて、腰に手を当てた月面顏がぬっと上半身を前のめりにさせる。
「メアド! 伝わらないので!? ああ、わたくしとした事がッ!」
「じゃ、おつかれ」
「あら、もういかれて---」
このエージェントに付き合ってはいられない。そう判断を下した優姫は、愛海の仮装を抱き上げてログアウトする。
現実に戻ると、疲れが体にのしかかった。鉛のように体が重い。
「さっきのなんだろうね。面白かった」
一方で愛海は喜劇男優そのものである、ジュ・トゥ・ヴが気になっているようだ。目を輝かせて、今し方の会話や映像を検証を始めていた。
疲れた頭でぼうと愛海を眺めて、それから自分が今日は一睡もとっていないからこんなにも眠気があるのだと結論が出た。
ベッドの上で無防備なまま、映像を検証している愛海。それが微笑ましいのと、抱きしめたらどれだけ心地いいのだろうかという欲求が睡眠欲と共にせり上がってきた。
ひとつ大きなあくびを吐き出すと、もう欲求以外は頭から消えている。
髪の毛を止めていた簪を抜き、重力に従い長い髪はばさりと落ちる。机に簪をおいて、猫のような滑らかさで愛海の寝転ぶベッドへ潜り込んだ。彼女を背後から抱きしめる。
「ん? へ?」
声をあげる少女を気にもとめず、優姫は気絶するように眠りに落ちた。




