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「プラウラー。ちょっと」
今度の人物には、優姫も驚いた。
仮装を使うのがネットでの常識だ。稀に自分を美化した姿を仮装として使う者もいる。
その男は仮装を使っているようには見えなかった。
スーツを着た中年男性。これといった特徴もなく、おそらく街で見かけただけでは絶対に記憶に残らない外見。それが優姫の率直な感想だった。
「はい」
一言だけの愛海の返事。それがこの男がくだんの人物だと伝えた。
男は踵を返し、階段を登る。右階へと向かう。それに愛海と優姫も続く。
赤い絨毯から青い絨毯へと変わり、どこか薄暗い印象の廊下。細長く、両サイドにドアが並んでいた。
六つ目のドアを通り過ぎて、男は廊下の一番奥の廊下で立ち止まった。そのドアに手をかけ開く。
揃って中に入る。殺風景な部屋で、小さな丸い机と椅子が二脚ある。
殺風景な部屋に、男は入った二人をまっすぐ見据えている。表情はなく、両手をポケットに突っ込んだままだ。
「まったく、残念だよ。面倒な連中に目をつけられたな」
肩をすくめた。初めて表情らしい表情が出た。
優姫の透明化が強制的に解除され、ふたりはオンライン上で圏外というありえない通知を受けた。
まさかと思い、優姫はこのウェブハウス全体を調べた。まずこの部屋だけでも膨大な暗号化がなされ、電子的な封鎖状態が取られている。
愛海も同じように調べていたのだろう。見るからに焦りの色を浮かべていた。
これが通信補助装置をつけてインターネットにログインしていたのなら、強制退出もできたが、ふたりは通信速度を上げるために、BCCから直接インターネットへ繋がっている。肉体は休眠状態を保っているため、正規手段でなければログアウトができない。
「噛まれた尻尾は切り落とすものだ。全体を生かすためには」
男の姿はいつの間にか消えていた。
代わりに無数の黒い影が部屋のいたる所から立ち上がり、二人にギラついた目を向けてきた。
獣の気配が二人に近づく。
卒倒しかねない愛海を、優姫はぐいと自分の後ろに隠した。そして懐から巻物を取り出し、手印を組む。
その瞬間眩い閃光が迸る。
「お前が、女の子を騙して、ひどい目にあわせたんだな?」
抑揚がない、氷のような冷たい優姫の声が響く。
光が晴れると、獣は燃え尽き、建物全体の暗号化も解けていた。どれだけ強引な手段を使ったのか、建物を構成する情報がいくつか変異を起こして壊れていた。
「お前は、絶対に許さない。いいか、今までの全ての悪事を痛みに変えてたたき返してやる。覚えておけよ。乗倍にしてだ。後悔は聞かない。懺悔の時間で余生を過ごさせてやる」
獣の影がデータから破壊されて燃え落ち、ログアウトの途中だった男がシステムエラーによってその場に中途半端な状態で釘付けにされていた。
「やってみろ」
男は残りの分もシステムから抜け出して消えた。
何が起きたのか、まだ理解しきれていない愛海は呆然と優姫を眺めていた。
凶悪な笑みを浮かべた優姫は、突然ふっと息を吐いて肩の力を抜いた。
「仁科を呼ぼう。ここを隈無く調べてもらわないと」
「う、うん」




