12
脱衣所のドアの前はホログラムの落書きで『お風呂でたらリビングに来て』と書かれていた。
その落書きをタッチすると消えて矢印が伸びた。その先がリビングだ。愛海はお腹が小さく鳴って思わず赤面する。誰もいないのを確認してからリビングへ向かう。
「お、いい時期に出てきた! ちょうどできたところ」
制服の上にエプロンをかけた優姫が、にっと笑みを浮かべて皿や小鉢を器用に腕の上に並べて持ってキッチンから出てきた。
腕の上には湯気が立つ食事が並んでいる。それを手際よくテーブルに並べていく。まるで高級料理店の配膳係のような手際の良さだ。
「お腹すいたでしょ? 食べて」
炊きたての香りがする白米。ダシの芳醇さが伝わる野菜の味噌汁。鮮やかな色合いを見せる鮭の塩焼き。箸休めの小鉢には、香味料の乗せられた小さな豆腐がある。
この短時間で作ったのなら、驚くべき手際の良さだ。
「あんまり手の込んだもの作れなかったけど、味は悪くないはずだから」
そう照れ笑いを浮かべて、優姫は椅子を引いてどうぞと手をさす。
それになぜか少し緊張しつつ引かれた椅子に座る。完璧な誘導だった。
着席すると、もう一度、今度は優姫に聞こえてしまうほど激しく空腹を訴えてきた。
真っ赤に頬を染めて俯くと、優姫がニコリと満面の笑みを浮かべて愛海の正面に座った。
「良かった。お腹すいてないなんて言われたらどうしようかと思った」
顔の前で手を合わせるのに釣られて、愛海も手を合わせて頂きますと声をそろえた。
あまり食が太い方ではない愛海だが、今回ばかりは無心で箸を進めた。
それにはさすがの優姫も驚き、おかわりをすすめる。お茶碗に半分ほど要求してその通りに盛って渡した。それも受け取るや黙々と頬張った。その無心で頬張る仕草が、優姫の保護欲を過剰に満たし、彼女に至福感を与える。
食後には温かいお茶を出して、食休めを取る。
「愛海が意外とご飯食べて驚いたよ」
お茶をすすりながら呟くと、愛海は顔をわずかに赤らめて視線を下げた。
「ひ、久しぶりに、食べたから。その、おいし、くて……」
一瞬反応が遅れ、それから優姫はだらしなく顔を緩めた。彼女の急所をピンポイントで撃ち抜いたのだ。
「そっかそっかー。じゃあ、お昼か夜は豪勢にしよっかねー」
へへと嬉しそうに笑うと、ふと首をかしげた。
「愛海はいつも何食べてるんだ? なんかちゃんとしたご飯食べてなさそうなんだよなぁ」
じっと愛海の首元を見つめる。風が吹けば折れてしまいそうな細い首と、湯呑みを両手で持つ小さな手と細い手首が見える。お世辞にも健康的な体型ではない。
「た、食べてるよ」
否定しながらも、目は余所余所しいい。
「なに食べてるの?」
もう一度たずねると、しどろもどろになりながらパン、とひとこと答えた。
「パンて。栄養偏るよ?」
「だって、食べやすいし。たまごサンドならそれなりにたくさん栄養あるもん」
ぷっと頬を膨らませた愛海。
それが実年齢よりずっと幼く、なにより愛海の本来の姿に思えて優姫は無性に嬉しく思う。
しかしひとつ大きな問題が浮き上がり、優姫はもしやと思いきき返す。
「まさか、たまごサンドだけ?」
脳裏に浮かんだ仮説の中で、一番悪い可能性から確認したくなる。
「そ、そうだけど……?」
なにか問題あるのかという顔で頷く愛海。優姫は額に手を当て天を仰いだ。




