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「お前、何やってんだよ……ッ!?」
怒りの沸点を一瞬で突破した優姫は、声を荒げる事も暴力を振るう事もなく、ただ静かに事実を求めていた。
それに首をかしげて場違いな微笑を浮かべる仁科。
「事情聴取ですよ。それよりも、彼女は司法取引に応じました。一週間以内に真犯人とでもいいますか、すべての元凶を私の前に連れてくる事を約束しました」
電子書類を優姫に差し出す。
半ば強制的に渡された書類には、確かに仁科の言う通りの内容が記載されており、文末には愛海の署名も入っている。偽造不可能な電子署名だ。
「それでは残り一週間。頑張ってくださいね。心から応援してますから。あと、彼女の家は現在家宅捜索中なので近寄らないでください」
嘘偽りの微笑を顔に貼り付けて、仁科は踵を返す。その背中を憎悪のこもった目で見送り、優姫はすぐに愛海を抱いて立ち上がり出口へ向かった。
幸いにも警察署から、優姫の自宅はそれほど離れていない。署を出てすぐにあったコンビニで温かい飲み物を買い、愛海に与えるとタクシーを拾って乗り込んだ。10月ともなれば本格的な寒さになれない体が必要以上に寒さを訴えてくる。
『どちらまで向かいましょうか?』
昔の自動車なら運転席があった場所に、ホロディスプレイで映し出されたスーツ姿の運転手がたずねて来る。それに口を使わずBCCから自宅に向かうように指示を飛ばした。
自動運転に任せ、横に座る愛海の肩に腕を回す。
まだ震えている彼女は、手元のホットココアを舐めるように飲んでいた。衰弱しきった顔は、見ていて痛々しい。こんな強引な事をしてまで”取り調べ”とやらを行った相手に憎悪に近い感情が膨れ上がる。
まだ日の登らない街を走り出して10分が経ち、到着を知らせて来たので下車した。
「お待たせ」
よくある高層マンションの27階が優姫の住む部屋だ。BCC認識式のオートロックをくぐり、エレベーターに乗り込む。
早朝という事もあり、誰かとすれ違う事はなかった。
部屋に入ると真っ先に脱衣所へ案内する。
「とりあえずお湯は沸いてるから、お風呂入ろうか」
家に着く前にネットワーク経由で、風呂のお湯をはる事と暖房をつけておく指示を出していた。その為室内は温かく、湯船は張られている。この生活もBCC普及前ではごく少数だったというのだから、親の代では相当に面倒が多かっただろうと改めて考える。
脱衣所に二人で入ると、まず毛布を預かった。その場で綺麗に畳んで置く。次に地味なデザインの自動環境適合服のファスナーに指をかけ引き下げた。
突然パッと愛海が離れた。なんだと優姫も驚いて顔を上げると、真っ赤な顔で睨んでくる愛海と目があった。両手で必死に胸元をかき寄せていた。
「どうしたの?」
「ど、どうした、ってッ!? へんたい!」
「へ、へんた!? え!?」
わけがわからず動揺する優姫。
「ぬぐから!」
「うん。うん?」
「一緒に入るつもり?」
「え、いいの?」
「ダメにきまってる!」
「あ、そういう事か。ごめんごめん」
やっとどういう事なのか理解した優姫。平謝りしながら脱衣所を出て行った。




