8.5
愛海は考えていた。なぜ自分はここにいるのだろう。
一瞬寒さの限界を超え、意識が遠のいた。BCCの警報は鳴り続けている。しかしそれは外力によってはじかれ、この部屋から出れないで彷徨っていた。
体は壊れた機械のように、めちゃくちゃに震えていた。手と足首が擦れてわずかに出血している。全身の筋肉が震えすぎて悲鳴をあげていた。
なんで、こんな事になっているのだろうか。
疑問が巡り、そして一つの着地点を見つける。
自分が悪い事をしたのだ。
罰を受けている。
その考えはやがてまた疑問を生んだ。
何をしたのか。
自分がいったいなにをしたというのだろうか。
身の丈に合わない、大きな願いを持ったのだ。
誰からも無視され、存在を認められないはずの自分が、誰も無視できない、憧れの対象となりたいと願ったのだ。
それが罪の始まりだというのだ。
ただ日陰で、誰の目にも留まらない所で、こっそりと歌っていればよかったのだ。
それが身の丈というものだ。それが正解だったのだ。
では、どうして自分はそんな身の丈に合わない、分不相応な罪を願ったのだろうか。
疑問は膨れ上がり、ひとつの結論に行き着いた。
あの男が歌えといった。
それでこうなった。
あの男が悪い。
許さない。
「思ったより、元気そうですね」
幻聴か、それとも本当に聞こえるのか。その判断もつかなくなっていた。
「罪を認めますか? 悪事を恥、断罪を受ける覚悟は」
「わたし、じゃない」
「はい?」
「わるくない、あいつが、あいつが」
自分の口から言葉が出ている事も、自覚がなかった。
ただ否定を続けた。自分の無実を明らかにさせたかった。
仁科がその言葉を聞いて、わずかに目を細めた事に、愛海は気付かない。
「ジュ・トゥ・ヴ。司法取引の書類を作ってください。内容は白紙で」
『本当に、我が主人ながら人間性を疑いたくなりますね。おっと、今のはシステムエラーなのでお気になさらず』
「本当に、あなたが居ると退屈をわすれますね」
仁科が退室すると、入れ替わりに婦人警官が取調室に入り、血相を変えて愛海の拘束を解き介抱する。




