童話・嬉し涙と身代わり母親
はじまり、はじまり。
ある町のはずれの小さな村に、母と子が住んでおりました。
母は優しく、子は小さい男の子。二人だけの家族でしたがとても仲が良く、貧しいながらも田畑をたがやし、一生懸命はたらいて暮らしておりました。
ところが夏の暑さと、冬の凍てつく寒さに日々身をさらしすぎたせいで、母親が過労で倒れてしまいました。男の子の力は弱く、母親がかわりに多くの仕事をこなしていたのです。毎日の看病もむなしく母親は死んでしまいました。
男の子は1人になって母が恋しくて泣き続けます。
あるとき、畑にある案山子の肩に、カラスがふわりと舞い降り、羽を休めておりました。
月の綺麗な夜でした。
「めっきりあの親子をみなくなったものだな」とカラスはぼやきます。二人が作る野菜の美味しいこと、カラスは隙をみていつもごはんにありついておりました。
「もうし…もうし…」
ふと、きこえてきた声にカラスは首を回します。
「はてなんの声か?」
「もうし、そこのカラス殿」
「もしやカカシが話しかけておるのか?」
「はい、そうでございます。わたくしは、毎日ここで働いていた女でございます。あの男の子の母でございます」
なんと母の魂が案山子にのりうつっておりました。
「あの子が可愛そうで可愛そうで、心配でたまらず、どうしても離れられずに、とうとう心を案山子にうつしてしまいました。ですが、私の力は弱くこの一度きりのお話が最後となります。どうか、私の願いをきいていただけませんでしょうか?」
秋の夜風が案山子をなびく。そのたびに案山子は力なく揺れ、とても不安定だった。カラスが肩に乗っただけでその身はかたむき、台風がくればきっと倒れてしまうだろう。
「ねがいとはなんだ?」
カラスにもたくさんの子がいました。カレらはもう立派な大人のカラスになって、巣だっていきました。今は一羽のカラス。母親の気持ちがとてもよく分かります。
「わたしにはもうできぬこと。あの子を見守っていてほしいのです。悲いときにははげまし、苛立つときはなぐさめ、喜びには歓声を、あなた様のお声を鳴らし、羽ばたく羽で風を吹かせ、引き立ててほしいのです。わたしの代わりに、あなた様ならなんなくできることでしょう。もし願いを叶えてくださったら、お礼にこの案山子のもとにある野菜を持っていってくださいませ」
親子はうまく実らなかったものをいつも案山子のまわりに重ねて置いていた。だめになったのは売れないため、すてるか、自分たちが食べる分として集めていた。ふたり分はもういらない。ひとり分あまっていれば大丈夫なのだから。
「わかった。わたしにまかせなさい」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
震える声に重なるように案山子もぶるぶる震えている。「あぁよかった」そういって案山子のどんぐりの目だまから、ハラハラと水が流れてきた。案山子が泣いている。
「どうして水が流れているんだい?」
不思議におもったカラスが首をかしげ聞きました。
「嬉しくて泣いているのでございます。もう私は長くはありません。あの世へ行きますゆえ。ありがとう…そしてさよう…なら…」
しだいに案山子の震えはなくなり、元の薄汚れた姿に戻った。涙のあとだけ残し、その部分だけ月の光でキラキラしていた。
「ほうほう、人はうれしいと、なくものなのだな」
母の想いは強い。カラスの子どもたちはもう巣立っていた。そばにいない子を思い出し「なつかしいのう、わたしならできるぞ!」と羽を広げ、カラスはさっそく男の子のようすを見にいきました。
カー、カー
窓ガラスごしに呼びかけます。ふさいでいた男の子は声に呼ばれて、窓の外をみれば、朝が明けておりました。空はまばゆく部屋を照らし、田畑をくっきりと浮かばせる。
「お母さんに怒られる」
そういって男の子は自分をふるい立たせ、がんばって働くことにしました。
「お母さんとの大切な畑を守るんだ!」
芽吹き始めた大根の葉を見下ろし、男の子から少年になった彼はにっこりと笑った。そこへ、カー、カーとカラスが鳴く。
「また来ていたか」案山子の肩に止まるカラスをチラリと見て、また畑仕事にせいをだした。いつも同じ場所に止まっているカラスは、母が亡くなったあたりから来るようになった。静まり返った田畑にひとりいるときより、羽音やカラスの声がきこえることに、ホッとしている自分がいる。励まされているようだ。あれからいく年がたち、ひとりでも暮らしていけるようになっていた。でもまだまだ貧しい。どうしたらいいだろうかと少年は考えておりました。
これから寒い冬がやってくる。蓄えなければ冬を乗り越えられない。
「たくさんの野菜を植えよう」
少年はカラスの存在がしだいにわずらわしいものへと変わっていきました。
ためた野菜を鳥たちに食べられたり、根っこを食べるイノシシがやってきたり。そのイノシシを退治しようと罠をかけたら、カラスに鳴かれて逃げられた。そして土を掘られた無惨な畑が増えるばかり。
「もうどっかいけ!カラスなんて嫌いだ!」
そういって案山子に止まろうとするカラスを何度となくホウキで追い払いました。ときに打たれフラフラするカラス。それでもまた戻ってきて、カー、カーと鳴きます。
「からかいやがって」怒った少年は、止り木になっていた案山子をおもいっきり引き抜いて、燃やしてしまいました。煙が空へと舞い上がり、月をも覆い隠す。灰が舞い、生き物が遠ざかった。
「なぜあの子から嫌われてしまったのだろう」
あの台風があった日からだ。
ある秋のはじめ、今まで一番の台風がきた。三日三晩続いた嵐のせいで田畑が水びたしになり、ほとんどの野菜が腐ってしまったのだ。少年はこれからのことを考えると、悲しくて泣いてしまいました。カラスはここぞとばかりに喜び鳴きます。
カー、カー、やったやった!少年が泣いたぞ!嬉しいんだね!喜ばしいんだね。
カラスが楽しそうにたくさん鳴いたせいで他の鳥もやってきました。そうして残りわずかな野菜を食べてしまいました。
その年の冬、少年は村の温厚により生き延びました。
「恩返しのためにまたたくさんの野菜を作ろう」
また畑仕事にせいを出します。その年の夏は暑く、少年は肌を真っ黒に染め汗を足らし働いておりました。ですが、かんばしい実りにありつけません。毎日の疲れで夜にはぐったりとしていました。
雨も降らずこのままでは野菜が枯れてしまいます。
そんなとき夜回りをしていたカラスは畑で蛇のアオダイショウを見かけました。田畑をうろつくアオダイショウに「なんてことだ!」と慌てます。アオダイショウは鳥の卵を狙います。小さいけれどあの鋭い歯に少年の身も危ないと思いました。そこへ蛇に強いお友だちのイノシシを呼ぶことにしました。
「あのヘビをやっつけておくれ」
「お安いご用だ!」
そういってイノシシは畑に突き進み蛇を追っ払ってくれました。
「ありがとう、イノシシくん」
「どういたしまして、働いたらお腹すいちゃったよ」
そういって、イノシシは土からはみでたジャガイモをモシャモシャと食べてしまいました。味をしめたイノシシは毎日やってくるようになりました。カラスがやめておくれといっても、同じく子をもつイノシシにとって、食べものをたくさん持って帰りたくてたまりません。
そこへ朝方、騒ぎに気づいた少年がやってきました。ボロボロになったジャガイモと畑をみて怒りました。そしてイノシシを退治することにしました。ですが、カラスの声援のせいで逃げられてしまったのです。
数日後、今度は野菜をネズミや虫が食うようになりました。特にキャベツや白菜。どうしてだろうと考えますと、最近蛇の姿を見かけません。蛇のアオダイショウは害虫のネズミや虫を食べてくれます。なのにいなくなってしまって、害虫が減らずに生き残り、野菜にかじりつくのです。どんどん畑が荒れていく。何をやってもうまくいかない。なのにカラスだけはやってきて、その鳴き声が少年には不吉をあらわすようになりました。
「僕は黒いカラスに呪われているんだ」
怖くなった少年は何度もホウキで追い払います。なのにやってくる。しだいに畑仕事をしないで部屋にこもるようになりました。カラスは畑仕事をしなくなった少年が楽になったのだと喜びました。毎日毎日辛そうだったから。部屋で泣いている少年を見て「泣いてる泣いてる、うれしいんだ!」と、カー、カーと鳴き、よろこびました。
今度はどうやって泣かせてあげようか。
動かなくなった少年はそのまま死んでしまいました。
カラスはひとりになりました。見届けてやったものの今度はやることがなくなって空っぽのようです。羽はもうボロボロで遠くへ飛ぶこともできなくなっていました。「もういいかな、見守る約束は果たしたよ」そういってパタンと案山子が刺さっていた穴の跡へと倒れて、二度と飛ぶことはありませんでした。
カラスのみた夢は、あの母親と少年が光のなかで再会し、抱き合って泣いている姿でした。
~ おしまい ~
お読みいただきありがとうございました。
勘違いから起きた悲しいお話、それを悲運とみるか夢物語ととるか、お読みいただいたあなた様にゆだねます。異種間同士の擬似親子。よかれと思ってやっていたことが、相手にとっては逆だったり、実際そんなことありませんか?誰が悪いということではないのです。誰もが幸せを願っていた。
またの機会に物語を通してお会いできますように。