サキュバス経膣経管栄養注入演習
「これから経膣経菅栄養注入実習を始めます」
指導看護師の冷たい声が響き渡る。
ここは東京都立東京病院。
灰色の空の下、沢山の社会不適合者が入院している。
私は、看護師免許取得の研修でここに訪れた。今日は指導看護師と経膣経管栄養注入実習を行う予定だ。
目の前には真っ白なベッドに水色のシーツ。
その上に虚ろな眼をしたサキュバスが横たわっている。その髪や唇に艶はないが、容姿は20代前半の女子大生の様にも見えた。
医師の書いた指示書を確認すると、目の前の女性の名前はサキュバス・トメ。御年245歳とある。
還暦を4回も体験して、第一次世界大戦も第二次世界大戦を世界の何処かで経験したのだろう。なかなかの貫禄だ。
彼女は240歳の頃に食道癌で食道を摘出した。それから運動能力が鈍り、長期入院中に認知症となった。その後も胃に転移が見られ、胃も摘出した。当初は胃ろうを行っていたが、胃の摘出により今年から経膣経管栄養注入を行っている。
栄養剤はエンシュアリキッド人工精液、フレーバーは糖尿味。量350ml。
「医師の指示書を確認致しました」
私はマニュアル通りに声出し確認をする。
指導看護師の手元からサラサラカリカリ指導項目に何かを書く音がする。
指導看護師の目の前で、手順通りに手を洗う。
「手洗いを行いました」
指導看護師は何も返答しない。無言の圧力を掛けてくる。
クソッ! なんてやりづらいんだ!
目の前の道具を指差し確認する。
点滴台。イルリガートル。点滴チューブ。カテーテルチップシリンジ。メジャー。時計。ペンライト。手袋。タオル。エンシュアリキッド人工精液 糖尿フレーバー。等々……。
「使用物品の指差し確認行いました」
チラリと顔を上げると指導看護師と目が合う。
「はい。事前準備項目はクリアです」
今日初めての肯定的な一言に安堵して次の行程へと向かう。
「サキュバストメさんですね? 今からお昼ごはんにしましょうね」
サキュバストメさんからの反応はない。
「サキュバストメさんの名前と顔を確認致しました」
指導看護師からの反応はない。
「これはサキュバストメさんの人工精液で間違い無いですね?」
一応、反応がなくても聞く事になっているので聞く。だが、当たり前のようにサキュバストメさんからの反応はない。
「プライバシー保護のため、カーテンを閉めます」
無論、サキュバストメさんからの反応はない。
私はゴム手袋を手にはめた。これから先は減点されたら再試験になる。気合いを入れねば。
「サキュバストメさん、失礼しますね」
私はサキュバストメさんの衣服を開き、陰部を露にする。
むわっとあたたかい香りがする。
抵抗のない両膝を立たせて、腰を持ち上げる。そして、その下にタオルを詰める。
「股を開き、腰の角度を30°から45°に調節しました」
サキュバストメさんからも指導しからの反応もない。
ペンライトを片手に股ぐらに顔を近付けて、次の行程へと急ぐ。
「経膣経管栄養チューブの観察をします。チューブ固定位置よし、チューブの飛び出し無し、傷出血無し」
メジャーを取り出して、点滴台のイルリガートルの液面から、膣までの垂直距離を確認する。
「膣から点滴台に設置したイルリガートルの液面迄の高さ50cm確保しました。イルリガートルと経膣経管栄養注入チューブを接続します」
「ただいまよりエンシュアリキッド人工精液 糖尿フレーバー350mlを液下注入致します」
イルリガートルから垂れ下がるチューブ。その手元のストッパーを外した。
そして、クレンメを緩めながら、手元の時計で液下速度を確認する。
「1秒間に1滴の液下を確認しました」
ゴム手袋を丸めて捨てる。
そして、サキュバストメさんの顔の近くまで行って、体調確認を行う。
「何処か痛い所はありませんか?」
サキュバストメさんからの反応はない。
「お腹に張りはありませんか?」
サキュバストメさんからの反応はない。
「顔色よし、ルート曲がり無し、液下よし」
指導看護師からの反応もない。
「それでは、終わった頃にまた来ますね」
私は、サキュバストメさんの両足にシーツを被せると、振り返って指導看護師に合図した。
「前半実施項目はクリアです。次は後半ですね」
ふうと安堵のため息が出た。
「サキュバストメさんは認知症とありましたが、意識は無いのでしょうか?」
ふと、疑問を口にすると指導看護師は目を鋭くして普段のサキュバストメさんの話をしてくれた。、意識はあまりないが、ちょくちょく独り言を呟く時もあるし、暴れる時もあるらしい。
やはりサキュバスらしく、男を求めて暴れる事が多いとの事。
それ以外は反応を示す事も稀なのだとか。
私がサキュバストメさんの反応を見る事は出来ないのか?
それを尋ねた。
「乳首反応法と言って、意識レベルの確認をする時に乳首を刺激して反応を見る事があります。ですが、乳首に触れられるのは医師だけですので、看護師は絶対に触れないで下さい。許可されていない準性器又は性器、体内への干渉は、患者様への人権侵害になります。そして、それは医師独占医療行為違反となりますので、看護師が行うと禁固または過料の刑を受ける可能性があります」
「はい」
人権とはかくも恐ろしい。
◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、点滴終わりましたので、後半を開始します」
1時間程の休憩を挟んで開始した後半。会話から指導看護師との距離が縮まった気がして少し楽になった。
私はさっきよりも軽い気持ちで手袋をはめる。
「サキュバストメさん。食事終わりましたので、チューブを外しますね」
手袋をはめた両手でストッパーを止め、経膣経管栄養注入チューブを外した。
そして、カテーテルチップシリンジから膣内にバルトリン白湯を注入する。
「バルトリン白湯20ml注入しました」
再び手袋をくるんで捨てる。
そして、先と同じく患者様の観察を指差し声かけをしながら行い、サキュバストメさんの衣服を正す。
「健康状態よし」
サキュバストメさんの反応はない。
チラリと指導看護師の顔を見た後、手洗いを行い、書類のチェックリストに丸をつけていく。
「サキュバストメさんの経膣経管滴下栄養注入の完了を報告します」
「はい、合格です。片付けが終わったらナースステーションに戻ってきてください」
笑顔で答える指導看護師を見て、私はほっとした。
そのまま部屋を出ていく指導看護師を見送る。
そして、サキュバストメさんの顔を見詰める。
端正な顔付き。死んだように表情のない顔。
華奢な身体。
ふと病衣を捲ると、窓の外で風が吹いた音が聞こえた。
「…………」
黒く高く聳え立つその誇りある乳首。それを堪らなくなるほど押したくなった。




