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出航

そのままの流れで、西島は発令所にいることになった。

「で、なにすればいいんです?」

襲撃騒動の混乱も収まり、所定の位置に全員がついている中、西島は居心地が悪そうに、艦長の横に立っていた。司令室に戻ろうにも、護衛対象であるはずの只見博士がドアを開けてくれなかったのである。

「そうだな。魚雷くらって、吹っ飛ばされて、操作盤にぶつかられても迷惑だからな…。正直発令所には居場所がない。機関室にでも行ってもらおうか。機関長の監視にもなるしな」

「そうさせてもらいます、と言いたいところなんですが、護衛対象から離れてしまうのは避けたいんですよね」

「どう見たって、護衛を受け入れてもらってるようには見えないが?」

にやにやしながら艦長はそう言った。

「…それでもですよ。気分の問題に近いものもありますけどね。護衛に最後に要求されるのは肉の壁ですから」

「よく、この仕事しようと思ったなアンタ…。性格的に向いているようには思えんが」

にやにやした顔を真面目な顔に戻して艦長はそう尋ねてきた

「そりゃあ、ねえ、国家予算の4分の1の金ですよ?何でもできるじゃないですか、何でも!人生遊んで暮らせますよ。それに、あの課長を見返すことも…、いいことだらけじゃないですか、何でもやれますよ、たとえ死んだとしても仕事から解放されますし!」

その答えに、艦長は呆れたように首を振った。

「……ハァ、何でまたあんた公務員なんぞに?」

「民間企業だったら、即刻クビになるからです!」

「だろうな。しかし、公安もよくこんなのを採用したなあ」

「頭はいいですから」

満面の笑みで西島はそう言い切った。

「人間のゴミだな」

それに対して艦長も笑みを浮かべてそういった。

「課長からよく言われました」

「まあ、それはそれ、だ。西島さん、早く機関室に行ってもらえんか?ここにいると邪魔なんだな」

「さっき言ったとおり、監…護衛対象から離れたくないんですよ。艦長がどうにかして博士を説得してください。そうすれば、行きますよ」

西島は面倒なことをしたくないという一心で、艦長に説得を頼むことにした。それに、発令所は見ていて結構楽しいものでもあった。

「そうか…、あの博士も大変な奴が護衛についたもんだな」

艦長はボソッとそんなことを言った。

「何か言いました?」

「いや何も。あー、博士の説得はあんたがやってくれ。そのうえで機関室に行ってもらおうか」

「…やりますよ、やればいいんでしょう」

最後には、西島が投げやりな声でそう言って、発令所から出ることにした。

そうして西島は司令室の前に立った、が何をしたとしても出てくるはずがないことは察しがついた。

(あの博士、護衛が嫌いなんじゃないか?)

そんなことを思いながら、諦めてドアをノックした。

「はい」

ノックに答えて博士が返事をした。そしてドアのロックを外し、隙間から顔を出してきた。

「西島です、失礼します」

間髪を入れず、隙間に手を滑り込ませて西島は無理やりドアを開けた。いや、開けようとした。

しかし、博士の力は女性にしてはとても強く、西島が無理やりドアを開けようとするのにあらがっていた。

傍目から見ると、若い男が、若い女の部屋に無理やり侵入しようとしているようにしか見えないという自覚が西島の念頭にあったため、不名誉な目を見る前に、西島は状況を収拾したいと思い始めた。

(くそっ、こうなったら…)

それが冷静な判断力を失わせた原因になったのかもしれない。体でドアを抑えながら、扉を内側から支えている博士の腕を払おうとして、西島は腕を伸ばした。もちろん、ドアの向こう側は見えない。

そして、手に何か柔らかい感触が触れたときは手遅れだった。いきなり、博士の悲鳴とともに腕の力が抜けて、ドアが開き、そのまま西島は、博士の上に倒れこむようにして、部屋の中に入ってしまったのである。

条件反射的に西島は起き上がった。まずは、状況を整理しようと考えた。改めて博士を見ると、どうやら倒れこんだ時に頭を打ったらしく、気を失っている状態だった。

周りを見渡しても、この状況を見ていたものは誰もいないようだった。

(これなら誤魔化せそうだな。機関室に連れて行くにしても楽そうだし、前向きに考えよう)

後々まで尾を引くような気もしたが、西島は未来から逃げるように、機関室まで博士を運んだ。


勿論、意識を取り戻した只見博士から猛烈に怒られた。それは、官房長官が一番恐ろしいと思ったのが間違っていたかのようなレベルであった。官房長官の時は命の危険を感じたが、今回の場合は、社会的生命の危機をひしひしと感じたうえ、すでに実力行使されていた。機関室という衆人環視の下、かなりの羞恥を西島は覚える羽目になった。

「もう、近寄らないでください!」

最後にそう言い捨てると、博士は機関室の中で、西島の反対側の位置に行った。

機関室中の目が痛かった。特に、副機関長の視線はとても痛かった。

そんな中で、肩を叩かれて振り返ると、機関長がいた。

「…なんですか」

「いや、人というのは似たような境遇の者がいると声をかけたくなるもんだよ」

西島は当面機関長を無視することに決めた。


同じころ、発令所内部は、騒がしい連中を追い出し、全員が真剣な面持ちでいた。

「深度計から推測して、ドック内の注水作業は終わったようです」

「発令所、こちら発射管室。魚雷装填作業終了しました」

次々と上がってくる報告を日下艦長も冷静な面持ちで聞いていた。

「発射管室へ、全門に注水して待機。注水終了次第、出航します」

「発射管室、了解」

一通りの作業が終わり、出航直前のチェックも済ませると日下艦長は大きく息をついて海図を広げた。

「水雷長、いいか」

「はい、何でしょう」

「もし、お前がアメリカの潜水艦に乗っていて、この艦を仕留めるとしたらどこで仕留める?」

艦長がいつになく深刻な表情をしていることに水雷長は気づいた。

「そうですね。まず、潜水艦を複数用意するのは絶対です。その前提の上で考えますと、自分であれば、まず、このドックの出口付近で1隻を待機させます。そして、観音崎の沖合の浅海面と400m付近に1隻ずつ配置します。我々が、東京海底谷に入る直前に撃沈しようと考えるならそうなりますね。東京海底谷にはいられてしまえば、魚雷発射可能深度より深く潜れますから、浦賀水道に入ってしまえばこっちのもんですね」

海図の上で、指を走らせながら水雷長はそう言った。

「君もそう思うか…。なら、間違いないだろう」

ちょうどその時、発射管室から報告が入った。

「こちら発射管室、注水終わりました」

艦長は椅子から立ち上がると、指令を下した。

「水測室、こちら艦長、探信音2回続けて打て」

「水測室、了解」

探信音を2回打ち終わるかぐらいの時に次の指令を下した。

「では出航する。舵中央、前進微速」

「舵中央、前進微速、了解」

独特のモーター音がし始めて、艦がゆっくりと動き出した。


同刻 機関室

「機関長、何暇そうにしてるんです?!」

副機関長の怒声が飛んでいた。

「だって、することないだろう?」

それに対して、小学生並みの反論を返す機関長。

だって、自分の専門はこの艦の主機だし―、と妄言をのたまう機関長を引きずって、副機関長は、電圧計でも見ててくださいと怒鳴って、自分の持ち場に戻った。

(やはり、この人と同類扱いされるのは嫌だなー)

それを横目で見た西島はそんなことを思った。よく考えてみると、自分も仕事場でゲームして、それがばれたら適当に言ってごまかしてきている。あまり、人のことも言えんもんだなと思いながら、只見博士の監視に戻った。


同刻 大河内総研横須賀水産研究所地下ドック管理室

「ふう、一時はどうなるやらと思ったが、侵入者も全員無力化されて何よりだ。ご苦労様です」

大河内所長がそう言って、全員に頭を下げた。床には何人か負傷者が転がっていたが、重傷を負っている者はいなかった。実質的に、隔壁の向こう側で、気化爆弾を食らった者たちだけの犠牲で済んだのである。懸念された、電源喪失の事態も起こらず、全員が一息をついていた。

「所長、潜水艦からの音響信号を受信しました。ドック扉開きます」

「了解だ。慎重に事を進めてくれ。しかし、さっきの報告では、すぐ近くにアメリカの()()が、潜航しているとの報告だったが」

今一番の課題はここであった。いくら、潜水艦に乗せて逃がしたとしても、近海で捕捉、撃沈されては、元も子もないのである。

「そこは、日下さんの腕を信じましょう。それに潜水艦の性能も世界一だと自負しています」

「その通りだな。まあ、もし撃沈された場合は、即刻、海上保安庁と防衛省に手を回してもらえばいい。そうだな、只見」

「そうだな、速攻手段は講じさせてもらうが、その暁には、貴様の首を飛ばそうかな」

なかなか剣呑なことを官房長官は言い返した。各省庁に影響力を行使できるだけの人間でもあるため、冗談として、鼻で笑い飛ばすわけにもいかなかった。

「その時は、次の選挙でお前が落選するかもしれんぞ」

「そうなったら、国からの補助金を止めてもらおうか。財政の健全化はちょうどいい」

「そうか、収賄容疑で、その担当役人を飛ばしてもらえるように努力するよ」

「検察で差し止めてやろうか」

「世論を甘く見るなよ」

言ってる内容は、個人が持つ力としては絶大なものだが、レベルは小学生並みである。周りの人間は、それを見慣れたために、いつもの後継としてスルーしたが、日本の将来に一抹の不安を感じた。

「潜水艦が第2隔壁を通過します」

そんな言い争いの中でも、潜水艦はゆっくりと進んでいた。担当の職員の声で、大河内所長と、只見官房長官は言い争いをやめ、モニターを注視しはじめた。

「ただ今、第1隔壁を通過」

全員の緊張が一段階高まった。そしてついに

「潜水艦、ドックから完全に出ました」

全員の緊張と警戒感が最高に高まりを見せた。この先にアメリカの原子力潜水艦が待ち受けているのである。そして、職員の次の声にさらに全員の興奮度は上がった。

「潜水艦が増速。アメリカの原潜に接近していきます」

「いくのか…」

誰からともなくそんな声が漏れた。

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