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雌伏

それから20分が経過した。

「何も起きませんね…」

何も進展がなく、西島は緊張感から解放され始めた。

「ここの研究所の警備は、自衛隊の駐屯地並みに、いや、それ以上に厳しい。早々のことで突破はされんと思っていたんだがな、地下まで突破されたのは驚きだ。艦の中にいると周りが見えないのは苦しいな」

日下は未だ厳しい表情をしているが楽しげにしていた。

「ところで、なぜ出港準備に後40分もかかるんです?必要物資はすべて積み込んだんでしょう?」

「物資の方は全部積み込んだんだが、一番の問題は、補機用の蓄電池の充電だそうだ。俺はそっちの専門家じゃないから細かいことは知らんが、主機に点火するための燃料の補給のためには、水深1000mまで潜る必要があるようだ。そこまで潜った後、さらに主機の始動に大電力がいるらしい。あとは、そこで暇そうに画面を眺めているやつにでも聞いてくれ」

不愉快そうな顔をして、艦長は発令所の一角を向いた。

その言葉に、ムッとしたような表情で振り返った男がいた。

「暗い海の底でそんなに私と心中したいですか。私は嫌ですがね。艦長、あんたも腐れオタクと心中するのは嫌でしょう?」

画面にはどう見ても、ゲームが表示されていたのだが…。

「嫌だな、俺もそいつの同類と思われるのはごめんだ。アル中より性質悪い」

「私のこれは生活必需品です。艦長、これを奪われるくらいなら、機関を暴走させて、世界を滅ぼして見せますよ」

「お前はまず海の底に沈むのが先だな」

怒りを通り越して冷静になった艦長は、近くにあった艦内電話を取り上げた。

「機関室こちら艦長、副機関長、速やかに発令所に来い」

数分後、副機関長と思われる女性が飛んできた。白衣を着ている。

「副機関長、さすがにこいつを止めさせろ。いくらこいつのやる気がなくなるとしても、艦内の綱紀のためだ」

副機関長はペコペコ頭を下げながら、艦長に詫びた。

「いつもいつもすみません。ホント、いー加減にしてくださいよ。1か月間に何度、始末書を書けば気が済むんですか。しかも、ドック内待機中にです」

「今は、命の危機もあるがな」

現在の外の状態を揶揄するように、機関長は呟いた。

「何を暢気なこと言っているんですか!核融合炉のことが全部わかっているのは機関長しかいないんですよ!」

「これは俺の命の洗濯だ。これを奪うというのなら」

次の瞬間、副機関長はどこから取り出したのか、ハンダごてを思いっきり機関長の腕に押し付けた。

「あぢーーーーっ!!!!!」

「先生、戻りませんと迷惑になりますよ?何をそこで腕を抱えているんです?何もしていないなら、機関の調子を見てほしいのですが…」

「水、水ーっ、流水ってどこかなかったか!?水ぶくれができる!この暴力女、何をする気だ!」

慌てふためく機関長の姿に、発令所内にいた人間は苦笑していた。艦長に至っては、してやったりという表情をしている。

「艦長、上官の命令は絶対でしたよね。この副機関長を」

そのまま、機関長が訳の分からないことを言い始めた。そのまま自分に返ってくるのでは、と西島は思った。

「副機関長、機関長は正常な精神状態に無いようだ。当面の間、貴官が機関部を掌握せよ」

真面目腐った顔で、艦長はそう言い放った。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。それを受けて、副機関長も背筋をピンと張っていた。まあ、機関長にかなり厳しい目を向けていたが。

「了解しました」

「それと、機関長。出港してからは、このようなことは大目には見れないからな。覚悟しておけ」

「艦長、所長から通信です」

一通り大騒ぎした直後、通信員がそういった。

「つないでくれ。ああ、スピーカーで頼む」

そう言った途端、所長の困ったような声が聞こえてきた。

「日下君、少し面倒なことになった」

「どうしたんです?」

「侵入者が電源室に向かっている。非常隔壁は降ろしているんだが、ここが破壊されると、予備の電源では充電は無理だ。今どれくらい充電できている?」

「副機関長どれくらいだ?」

日下は、副機関長に話を振った。

「主機始動最低量の充電は終わっていますが、出港時に必要な分も含めると、あと少しといった感じですね」

副機関長は難しい顔をしてそう言った。

「そうか…後、どのくらいで最低限度の充電ができるか?」

「10分もあればできると思います」

「わかった。それくらいで済むなら、今からドック内に注水を始めようと思う。充電ケーブルは適当なところで切断してくれ。10分ぐらいでは接続部分は水没しないだろう」

その時、通信の向こう側から爆発音が聞こえたかと思うと、艦内にも衝撃が届いた。

「どうした?!」

通信越しに所長の緊迫した声が入る。

「まずいです。連中サーモバリックを使いました。隔壁の向こうにいたものは…。あと、今の攻撃で、監視カメラもほぼすべて破壊されました」

状況を報告したのは近くの監視カメラを覗いていた者だった。その声には悲痛さが混じっていた。

「ったく、こっちは民間企業だぞ。正規軍の基地と勘違いしとらんか?」

舌打ちをしながら、所長がぼやいていた。

たまりかねたように、日下艦長が割って入った。

「どこの世界に、世界最高水準の攻撃潜水艦を持つ民間企業がありますか。そんなものを持っているのは正規軍だけですよ、ここ以外では!狙われている当事者は我々なんですよ!」

「あーわかっとるわかっとる。それはそれとして、もうケーブルを切ってもらってもいいか?カメラをやられた時点で、電源が危ういと思う。電圧を意図的に上げられたら一巻の終わりだ」

日下艦長の忠告を所長は軽くいなした。そして、現実に話を引き戻した。

「そんなことを言われましても、副機関長の言った時間まであと少しです。もうしばらく粘れませんかね」

「それまで待てんと言っとるんだ。やれるのか、やれないのか?どっちだ?」

所長の声に、重みと厳しさが増してきた。

「いけないことはありませんよ。最悪、自分が何とかします」

その時、後ろのほうから声がかけられた。そこにいたものが、声を発したものに振り替えると、機関長であった。

「そうか、(おき)君なんとかできるか。ということだ艦長、すぐに切断してくれ。1分後には、ドックに注水を開始する」

「…納得いきませんが、わかりました。…艦内電源を非常用に切り替えろ。…機関室、こちら発令所。充電中止、繰り返す、充電を中止し、速やかに電路を切断せよ!」

艦長の命令一下、充電が止められた。西島は、機関長以外の人間がきびきびした動作で、持ち場に取り組んでいるのを見て安心感を覚えた。同時にこの期に及んで何もしない機関長に不安も覚えたが。

「日下君、もう説明はいらんな。20分後にドックは水で満たされる。注水終了後に、信号を送る。そのあとは打ち合わせ通りに行く」

「わかっています」

「それでは、頼んだぞ。西島君、また1週間後の安否確」

ここで通信が切れた。

「何かあったんですかね」

西島は不安を感じて、日下艦長に尋ねた。

「有線接続の通信だったからな。電路が切断されて、通信ができなくなっただけだろう」

日下艦長の説明を聞いて、西島はああと納得した。

「しかし、こうしてみると棺桶ですねえ。中を歩き回れるくらい広い点は便利ですが」

そして、溜息気味に、そう呟いた。

「実際そうだ。念のために、毎航海、毎航海これを持ってる」

そういうと、日下艦長はこっそり紙を見せてきた。そこには、22名分の名前が書いてあり、一番最後に、『艦長以下、ここに眠る。我が身が骨となれども、科学発展、日本国繁栄の礎とならんことを』とあった。

「………縁起でもないですね。ちょっと、肌寒いんですが…」

文面の不穏さに、図太さで知られる西島も、背筋に冷たいものが走った。

「そうだ、お客さん。お名前を伺ってませんでしたねぇ。ここにお書きください」

そんな西島を眺めていた日下艦長は、唐突にそんなことを言ってきた。そして、紙を突き出して、ペンも渡した。

「こんな縁起でもないものに、名前なんか書けますか!」

「いいですよ」

西島は強く要求を拒否したが、只見博士はあっさりとその要求を受け入れた。そして、西島から紙をたくしとると、丁寧な字で、そこに自分の名前を書き込んだ。

「はい」

「こいつはどうも。護衛さんも一筆お願いできませんかねぇ」

ちょうどその時に、船体が小刻みに揺れた。と同時に、ザーッという音も聞こえてきた。

「注水が始まったようですな。もう降りられませんよ。さあ、名前をここに」

無理にでも名前を書かせようと日下艦長が、西島に一歩詰め寄った時、甲高い金属音が、連続して響いた。直後に重たい音も重なってきた。

「艦長、艦体に打撃音!」

「わかっている。誰だ?!音を立てたのは!」

「いえ、艦内の音ではありません。艦外の音です!」

その瞬間、日下艦長は大きく舌打ちをした。

「くそっ、銃撃か。ドックの扉もやられたか。対戦車兵器でも使われて、外板に穴でもあけられたら事だぞ」

そのまま踵を返すと、レーダー員の肩に手を乗せて、かがみこんだ。

「艦外の映像、出せるか?」

「今、出します」

コンソールを操作して、レーダー員は艦外の映像を映した。そこには、見たこともないような恰好をした集団が銃を構えているのが見えた。持っている銃はさまざまであった。今にも、セイルによじ登って、艦内に侵入しそうである。

「まずいな…、敵の狙いは艦内の制圧か?しかし、艦を制圧するより潜航不能にするほうがはるかに楽なはずだが」

西島は会話を聞きながら、服の内側に手を差し入れた。そして、拳銃のグリップを握り、そこにあるべきものがあることを確かめると、梯子に手をかけた。

「どこへ行く?」

日下艦長は顔を画面に向けたまま、そう声をかけた。

「仕事をしてきます」

そう言って、西島は梯子を上っていった。

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