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準備

そして、西島は、官房長官と大河内所長に連れられて部屋を出た。勿論、只見桜も一緒にである。

「今から私たちが行くのが、例の潜水艦のところだ。現在出港準備を整えている最中だ。今日にでも出発できるだろう」

大河内所長が説明する。

「しかし、ここがただの水産研究所というだけではないということは初めて知りました。いつからこのような施設が?」

「西島君、それにはまだ答えられない。君は重要人物ではあるが、まだ身内ではない。よって、大河内総研の内情については、細かく言うことはできない」

当然の疑問に、当然の返答で応酬された。

廊下を進み、突き当りにあるエレベーターに乗り込む。4人全員が乗り込んだところで、大河内所長は、階層のボタンを早打ちし始めた。一瞬何をしているのかと西島は考えたが、ボタンにないフロアに行こうとしているのだと気づいた。

ボタンの打ち込みは20秒の間、1秒に3回のペースで進んだ。

「……もうちょっと、簡便にする方法は思い浮かばなかったんですか?」

エレベーターが動き始めて、流石に西島は尋ねた。

「いや、ただ単に、途中で打ち損ねて、打ち直しただけだ。本来はもう少し短い」

所長が憮然とした表情で答えた。

「そうではなくてですね…、カードキーにするとか、二重ロック式にするとかすればよいと思ったんですが」

「保守整備が面倒になるんだ。そんなに使わないのに、頻繁に点検する気にもなれない。なら、昔からよくある方法を使えばいいだろう」

「まったくもって、昔からある方法だとは思えないのですが」

「細かいことはどうでもいいんだ」

ムスッとした顔で返されたが、西島は、それに対して苦笑するしかなかった。

そんな話を続ける間に、目的の階層にたどり着いたらしい。エレベーターが止まって、扉が開くと、その先に、警備員らしきものが2人いた。彼らは、所長を見ると同時に敬礼した。

「所長、福井部長から伝言です。(マル)(キュウ)()(マル)をもって、潜水艦の再艤装終わりました」

「ご苦労さん。これより後、このフロアに人が下りてくることはない。以降の警備を強化してください」

「わかりました」

「今のは…?」

西島は尋ねた。

「このフロアだけで、警備員が50人もいる。その中でも精鋭の部類に入る人間だ。」

「そういうことではなくてですね…、いや、いいです」

西島は色々と尋ねたい気分になったが、あまり聞きまわるのもよくないと考えて黙ることにした。

「取り敢えず、ここが、目的のものがあるところだ。構想に5年、設計に3年、建造に2年、足掛け10年の大事業だったよ。防諜もしなければならなかったからな」

「結局ここに何があるんです?口振りからすると潜水艦のようですが、普通の潜水艦じゃありませんよね」

「説明してもいいぞ。構想の段階からだがな」

冗談を振られたらしいが、冗談かどうかの判断がつかず、西島は遠慮することにした。

「いえ、結構です」

「何だ、面白いのだが」

つまらなさそうに所長が答えた。

「先生、冗談はもう少しわかりやすくしたほうがいいと思いますよ?」

只見桜が横合いから口をはさんだ。

「なぜだ、十分わかりやすいだろう」

「いや、こっちには冗談には聞こえなかったが」

所長の返答に、間髪を入れず官房長官が突っ込んだ。

「やかましい。大体お前は前から、人の欠点をあげるのが上手かったが、最近特にひどくなったぞ」

「あんなにひどい国会の中にいたら自然とそうなるものだ。そっちこそ、年を追うごとに、冗談が面白くなくなっているぞ。ジョーク用の秘書でも雇ったらどうだ?天下の大河内総研だろ?」

まるで、小学生の喧嘩である。

「まあまあ、御二方とも落ち着いてください」

「「貴様は黙ってろ!」」

お決まりのように西島は止めに入って、やはりお決まりのように拒絶された。

そしてそのままヒートアップしていく、口汚い言葉の応酬を聞き流しながら、西島は只見桜に話しかけた。

「只見博士」

「なんですか?」

「そのー、あなたの研究なさっていた内容とは何ですか?その部分は特にはぐらかされてきたので」

只見桜は、振り返って西島のほうを見た。

「あなたは遺伝子工学というのは知っていますか?」

「ええ、話にだけは」

「私の専門はそれでした。正確に言うと各遺伝子における、組み換え後の働きを予測するというものですが」

「それがいったいどういう国家機密につながるんです?」

「問題は私が作り上げた予測システムにありました。元々は植物の遺伝子組み換え後の効果を効率的に予測するものでしたが…」

「そこまでだ」

ここで、大河内所長が止めた。見ると、官房長官もこっちを見ていた。

「それ以上は言うな。そいつも安全だと決まっているわけではない」

2人ともかなり厳しい表情をしている。

「す、すみません…」

反射的に只見博士が謝る。

「西島君、私の言ったことを忘れるな」

そして、官房長官がすぐさま釘を刺してきた。

「お前を身内にするつもりは毛頭ない。それを頭に入れておけ。もちろん、身内以外で話を知っている奴は皆三途の川を渡っているからな」

それに対して、西島は沈黙を返すしかなかった。長官の威圧感が半端なものではなかった。

沈黙が4人を覆う中、4人は廊下を歩き続け、巨大な隔壁にたどり着いた。

「この先に、例のものがある。桜君も見るのは初めてだったな」

「はい」

大河内所長はそう言って、隔壁の足元を蹴り飛ばした。

その次の瞬間、隔壁が大きく開いて、目の前に巨大なドックが広がっていた。

「こ、これは…」

そしてそこには、全長が優に200メートルはあるであろう、大型の潜水艦があった。

「先月、試験を終えて解体されたことになっているFEP-ESだ」

「FEP-ES?」

聞きなれない言葉に、西島は大河内所長に尋ね返した。

「Fusion Energy Promotion Experimental Submarine、核融合推進システム搭載試験潜水艦のことだ」

「核融合炉を搭載している潜水艦という解釈でいいんですか?」

「そうだ」

「つまり原潜では?」

「…そうともいう」

「それは非核三原則に抵触するのでは」

「非核三原則が作られた大きな原因は、周辺の各国が日本のプルトニウム保有量に良い顔をしなくなることを見越してのことだよ。プルトニウム、濃縮ウランなどの放射性物質を兵器転用しさえしなければいい」

「まあ、細かいことはいいんですが、この逃避行をするのにいったい何人の人員が投入されているんですか?」

「今回こいつに乗るのは必要最低限の人間だ。ぎりぎりまでオートメーション化を進めた結果、どうにか36人まで人員を削減できた」

感慨深げに大河内所長は言った。

「それにしても本当に大きいですね…。まるで、弾道ミサイル潜水艦だ」

それに触発されて、正直にポロリと西島は思ったことを口にした。いや、してしまった。

「実際似たようなものだよ。日本が初めて建造した、大型巡航ミサイル発射潜水艦だ。アメリカとロシア、中国に隠れてテストするのは大変だった」

大河内所長がさらっと恐ろしいことを言ってのけた。

「専守防衛ってなんでしたっけ…」

西島は驚きを通り越して呆れた。

「そんなものは知らんな。そもそも拳銃を眉間に突き付けてくるような奴が近くにいるというのに、この国はライフルを持つことも許されんのか?たかが通常弾頭だぞ。それぐらいいいだろう」

「それも認められないというのが国の立場だ。民間企業はいざ知らず、自衛隊はそれを守るしかないんだよ」

息まく大河内所長を官房長官が宥める。

その時、潜水艦のセイルから1人が、身を乗り出して声をかけてきた。

「所長、ああ先生もいるのか…準備は大体終わりました。あとはお客さんだけなんですが、そちらのお二方ですかい?」

「そうだ。西島譲君と只見桜博士だ」

「自分が呼び出されたのは、この2人の護衛のためですかい。ふーん、どこが大物なのかよくわからんが」

「西島君は、只見博士の護衛だ」

「ほー、じゃ、その若いご婦人が今回のVIPというわけということですな。何をしたのかは聞きませんが、どうせ何かやらかしたんでしょう」

なかなか辛辣なことを吐く人だと西島は思った。そして、会話の節々からこのような仕事が以前にもあったということが感じられた。

「ま、そんなところだ。西島君、あれが今回搭乗する潜水艦の艦長、日下(くさか)忠重(ただしげ)君だ。自衛隊で長らく、潜水艦に乗っておられた人だ」

「君が本当の護衛か。人は見かけによりそうもないねぇ。貧弱そうにしてしっかりとしとるな。頼りにしとるよ、もしもの時は。ま、お互い仲良くやりましょう」

大河内所長の紹介の直後、言いたいことを言うだけ言って、また潜水艦の中に日下は戻っていった。

「今回は、よろしくお願い、しま、す…」

「気分屋で、毒舌で、頑固で、偏屈だったからな。敵も多かったんだが、腕はいい。演習で撃沈した艦はのべ100隻を超える。今回のことにはうってつけの人間だ」

そう言って、大河内所長は一つため息をついた。

「しかし、完全に信頼できる人間でもない。だから西島君、君に、今回のことはかかっているといっても過言ではないのだ」

そしてその先を続けようとした大河内所長を遮るように只見博士がしゃべった。

「先生、そんなことしてる暇があるなら、もう乗艦してもよろしいですか。私は退屈しました」

大河内所長は、官房長官と目でコンタクトをとると、「もう少し待て」といった。

「時間も残り少ないのでな。手短に、今回、君にしてもらう仕事内容を話そうと思う」

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