御伽の国の子供たち
御伽の国では、誰もが大人にならずに暮らしていた。魔法の箱を開ければどんな好きな物でも手に入るから、子供たちはここに生まれてからずっと遊び呆けていたんだ。小さな空き地の中でとんがった帽子を被り、カラフルな服を着ている少年のペルーは突っ立ったまま、目の前で同じような姿勢でいる少女に言った。
「僕、ここにあるどんなことにも興味が持てなくなっちゃったんだ」
「どうして?」
少女の名前はメイで、大きな横に長い帽子を被っていて顔が少し見えず、深い緑色をした服を着ている。メイはすかさず理由を訊くと、ペルーは答えた。
「僕たちは、大人から貰った僅かな物から新しく作り出して、色々な物を魔法の箱から取り出してきたよね。ほら、最初に大人から貰ったのは肉や野菜が入った、茶色い食べ物だったけど、そこから色々バラバラにしてさ。そしたら、今度はそれらが魔法の箱から手に入るようになるんだ。これがあるならこんなのもあっていいぞって想像した物は絵に描いて、僕たちは最初の頃には考えられないくらい沢山の物を取り出せるようになった。でも、そろそろ限界と言うか。僕たちの想像力にはやっぱり限りがあるし、幾ら沢山の物を作ったところでどれも似たような物ばかりになってきてさ。それに、欲しい物が簡単に手に入ってしまう僕たちは、今ある物には満足していかなくなるばかりだと思うんだ。僕は、欲求に想像力がついていかなくなった」
ペルーは遠くを眺めた。そこでは沢山の子供たちが大きな広場で遊んでいたり、お菓子でできた大きな家を食べていたりした。子供たちとは言っても、現実の国に行けばとっくにおじさんやおばあちゃんと呼ばれるような人も沢山いた。しかしここでは、そんな人も子供と呼ばれている。メイは言った。
「確かに、私も最近はつまらないと思うことが多かったんだ。それに、この国でずっとだらだらと過ごして、それでいつか死ぬ時が来たら、何のために生きていたんだろうってきっと後悔すると思う。そんなの私は嫌だ」
メイは俯き、今までどうしてそんなことを考えなかったんだろうと思った。
そこに、杖をつき紫陽花の模様が入った夏に一枚だけ着る服を着飾ったよぼよぼの少年のシャルがやって来た。
「なになに、面白そうな話をしているじゃないか。わしも混ぜておくれ」
シャルはそう言うと、袖から黒くて甘く、長いお菓子を二枚取り出して、二人に渡した。この国では、お菓子を渡すのは挨拶代わりのような物なのだ。ペルーは言った。
「シャル、君も最近の暮らしには飽きてきていないかい? 確かにいつでも好きな物が手に入るのは心地よいことだけど、そればかりで段々と新しい物が作れなくなったら、欲求ばかりが大きなって、とてももどかしいと言うか」
シャルは少しだけ考えてから、こう言ったんだ。
「うーんわしは、ただ遊ぶだけじゃ面白くないと最近は思っていて、だから周りを綺麗にしてみたんじゃ。ほら、お菓子の家があるところなんか、食べ残しのクズで汚くなってしまうじゃろ。昔は物が少なかったから後片付けも楽で沢山の人がしていたが、今じゃ物が溢れていて片付けるのも面倒くさいという人ばかりが増えてきてしまっとる。そこで、わしは汚くなったところを掃除してみたんじゃ。するとどうなったか。辺りは綺麗になって居心地が良くなるし、みんなからは感謝されるしそれはそれは今までにないくらい幸せなことだったんじゃ。わかるかね? 今までは自分の欲求を満たすためだけに思考錯誤をしていたけど、自分以外の誰かの役に立ったという実感がその瞬間にはあって、それがまるで不思議な魔法のようにわしを幸福な気持ちにさせたんじゃ」
メイは言った。
「それじゃ、私とペルーみたいに、もどかしい感じにはなってないの?」
「そうじゃなあ、いつでもそうする必要のないこの国だから、暇な時はやっぱり沢山あるなあ。そういう時に、もどかしさを感じることはわしにもある」
シャルがそう言った時だった。ペルーはあることを思いついたんだ。
「そうだ、現実の国に行ってみないかい? そこには大人たちが沢山いて、きっと似たようなことだってできるよ。だって、僕たちの国に最初に物を与えたのは、彼らなわけだから、きっと僕たちには考えられないような想像力を持った人たちがいるんだ。シャルのような幸せの見つけ方をした人もいるに違いないよ」
メイは怯えているような表情をして言った。
「でも、現実の国は危険じゃない? 私たちの知らないところだもん。それに、そんなところに行って戻ってこれる保証だってないし」
「そもそも」
シャルは言った。
「この国に初めて物が与えられて以来、現実の国へと通じる扉がなくなってしまってるんじゃ。メイが言ったこととそんなこともあって、結局誰一人だってこの国からは出たことがないわけじゃが、そんな中でどうしろと……あ」
そんな問題を解決するのは簡単だった。ペルーは言った。
「もうわかってると思うけど、魔法の箱から取り出せばいい話じゃないか。そんなこともすぐには出てこなくなるくらいには、頭が固くなってしまったのかい?」
三人は笑った。メイは言った。
「でも、やっぱり私はもう少しここにいたいな。まだやり残している遊びがあるし」
「そっか、シャルは?」
ペルーはシャルに訊くと、こう答えた。
「わしは現実の国では既におじいちゃんと呼ばれるような歳じゃろ? それくらいこちらで過ごした奴が、今更環境の変化とか何かで精神をやられたら……それが心配で……」
「大丈夫、僕がついてるよ。てか、誰もやろうとしなかった掃除をするくらいのタフさはあるし、何とかなるでしょ」
それとこれとは関係があるのかシャルにはあまりよくわからないでいたけど、二人が笑っていたのでシャルもつられて笑った。シャルは言った。
「わかった、わしの寿命もそろそろな気がするしな。こちらに思い残すこともないし、行くことにしよう」
「それじゃ、決まりだね」
ペルーはそう言うと、早速現実の国に行くための準備をすることをシャルに提案した。彼らは御伽の国で今まで仲良くした友達に会って回り、思い思いの時を過ごした。一緒に行きたいと言う人も中には何人かいて、その人たちは連れて行くことにした。そして、魔法の箱から現実の国に行くための扉を取り出して、ようやく出発の時が来たんだ。
「なあ、俺が作ったこれ持ってくの忘れんなよ」ペルーの友達であるケイは、木で出来ていて弦が付いている演奏することが出来る物をペルーに渡した。「私のこれも」ユイカは綺麗な石を現実の国に行く友達のライに渡した。「これなんか面白いからな」シャルの友達であるペテロデは、皿のような物が付いている棒に、ボールが突き刺さった物を、シャルに渡した。その他にも、御伽の国に留まる人たちが、現実の国に行く人たちに沢山の作られた物を渡した。勿論、現実の国に行く人たちが作った物も、彼らは幾つか持って行くことにした。そうやって大きな儀式みたいに、気がついたらなっていたんだ。
辺りが沢山の人たちの会話で騒がしい中、メイはペルーに言った。
「私、実はあなたに言いたかったことがあるの。大きな広場で遊んだり、美味しいお菓子を食べたらこれは好きって思うし、愛おしい気持ちになった。沢山の友達のことも、私は大好きだよ。でもね、あなたに対するそれはどこか違ったの。こう、何よりもキラキラしていて、不思議な感じ。もしかしたら……」
メイはペルーに、笑顔を見せてから続きを言った。
「現実の国では、この感情には既に名前が付いていたりして……まあそれはいいんだけど、ここで作られた沢山の物、現実の国で一杯大人たちに見せつけてね。子供たちの想像力は素晴らしいということを、伝えて欲しいの」
「わかった、そうするよ」
ペルーはそう言うと、ここで作られた全てに愛おしさと、誇りを感じたんだ。
「それじゃ、開けるね」
ペルーは現実の国に通じる扉を開けると、御伽の国に留まる人たちに手を振った。次第にみんなが手を振って、沢山の別れのための言葉が飛び交い、笑っている人や泣いている人で溢れた。
あれからどれだけの月日が経っても、御伽の国に帰ってくる人は誰もいなかった。メイも御伽の国にいる理由をいよいよなくして、扉を開けた。その他の子供たちも、次々と新しい世界に旅立ったんだ。