1-2 Recollection: Let's Move on as fast as we can.
あまり意味がないと自覚している試合を行った後―――。
「――おい無能」
目の前に座る彼はいつも通り、そんなふうに僕を呼んだ。
場所は食堂。時刻は八時。班ごとに指定された席に座って、総勢数百人の少年少女が朝食を取っている。
人数から察することができるように食堂は広く、また豪奢な場所だった。空間を余らせないように設置された十メートル前後の長机が三つ。それぞれに白い敷物が敷かれ、上にはランタンが幾つか置かれている。長方形の白塗りの壁には装飾の施された銀の柱が八つ埋め込まれ、その合間のガラス張りの窓が、晴れ晴れとした朝日を取り込んでいた。
まるで聖堂をそのまま食堂にしたとでも言えばしっくり来るような、荘厳な建物である。「ような」というか、実際に近いものがあって、ここは聖堂を模して建てられた食堂なのだった。
そんな場所で、僕中央の長机の、扉からみて十五番目の左側に座った。右隣は一緒にここにやって来たリズが座り、左には名前の知らない人がいる。正面は空席で―――そして斜め前。そこには、今先程僕を無能呼ばわりした彼がいるのだった。
普段通りに目の前に置かれた朝食を食べようとしていた手を止めて(朝食は最初から席に置いてあり、いつもトーストにスープというシンプルなものだ)、僕は眼を細めて彼を見た。
ボサボサの茶髪に、僕と同じ白い服。鳶色の瞳は鋭く、僕の無気力なそれとは違った意味で達観している。
「―――なにかなギド」
「オマエまたリゼに負けたんだってな」
「………………そうだね」
その少年――ギドは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、目尻をさらに釣り上げながら僕を睨みつけた。
「クソ弱ぇ。そんなんだからオレ達にも迷惑がかかるんだ」
「うん…………。そうだね」
馬鹿にされているわけではないのだが、明らかに侮蔑が込められた言葉。それが事実であるから、僕は否定できず、ただ頷くしかない。
しかし順従に肯定したにも関わらず、ギドは鋭い両目を苛立ったように細め、一つ舌打ちをして黙り込んでしまった。
「ちょっとギド!!」
声を荒げたリズの叫びが、食堂に響き渡る。人々の会話が停止し、なんだなんだと彼女を中心に集まるのは剣呑な視線。そんなことなど気付かずに、リズは顔を赤くして激怒した。
ドンという机を叩いた音とともに金色の髪が揺れる。碧色の瞳は目一杯に見開かれ、人形のような顔立ちは怒りによって歪んでいた。
「その言い方はないでしょ!?」
「……うっせぇ。才能のない無能が悪い」
「それでもよ! ルキくんだって努力してるの!!」
「じゃあその成果はあったのかよ? ステータスはどこまで上がったんだ? 殆ど上ってねぇだろ全く」
「…………ッ」
即座に終了する論争。ギドは言い返せなくなったリズから目を背けて僕へと向けた。
「ステータスが弱ぇやつは全員無能だ。そして俺は無能であるオマエが嫌いだ」
―――知ってるよ。
言い返しはしなかった。僕は大人なのである。
何も言わないでいると、ギドは食べかけのトーストパンを異空間にしまいこんで、そのまま席をたった。
「ねえ! まだ話は終わってないっ!」
「…………」
そう叫ぶリズにギドは目もくれず去ってゆくギド。その後ろ姿を目で追いながら、眉間に力を込めて世界の認識を一新させる。
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名称/性別/年齢:【無聖印】ギド・アムセス・ウィリアムズ/男/12
種族:平地の民
レベル:22
筋力:30 耐久:27 俊敏:23 知識:12 技術:16 霊力:26
スキル:【戦の加護】
保有物:トーストパン
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またレベル上がってる…………。
確か数日前まではレベル21だったはずだ。孤児院最強の名は伊達ではないということだろう。
そんなギドを見送って。
「っほんっともう! アイツはっ!!」
苛立たしげにどっかりと座って、リズはそう言った。
「……まあ、仕方がないよ。僕のステータスが低いのは確かなんだし」
「むぅ」
しょぼくれたように唸るリズを見て、僕は頭を掻いた。
――直後に聞こえてきた透き通るような声。
「そうですよリズさん。それにギドさんの過去は知っているでしょう?」
僕の正面――空席だった場所にいつの間にか座っているレオは、静かに真摯な眼差しをリズに向けて言った。
僕は彼女を見やる。色白な肌に翡翠色の瞳。肌と同じく色が消えた真っ白な髪は短めに切りそろえていて――そしてそんな髪から覗くのは先になるに連れて鋭くなる三角の耳だった。
レオの上では、表示を消していなかったためにステータス画面が揺れている。
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名称/性別/年齢:【無聖印】レオナルド・アムセス・エディレト/女/11
種族:長耳の民
レベル:13
筋力:8 耐久:7 俊敏:9 知識:15 技術:11 霊力:33
スキル:なし
保有物:なし
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レオナルド・アムセス・エディレトは長耳の民という、僕やリゼ、ギドとは根本から異なる種族の少女である。
某RPGに登場するエルフのような、そして実際にエルフとも形容されるその種族は、僕達『平地の民』――人間に比べ霊的な存在であるため、肉体的な能力が低い代わりに霊力値や知能指数が高いという性質を持つ。
レオもまたその通りで、スキルは持たずアビリティも平凡だが、僕達四人の中では突出して高い霊力を持っているのだった。
レオは僕とリズを交互に見比べながら主張する。
「ギドさんは強くないと死んじゃうような環境で生きてきたから…………」
「そ、そうだけど」
リズはそう言って、でも複雑な感情からか押し黙ってしまった。
確かにリズの言い分も正解と言えば正解で、「仲間」という観点で見れば正しく、また嬉しいものがあるけれど、同時にギドの言葉は、「生き残る」という意味で言えば確かなことなのだ。
僕がかつて生きていた、戦争が終結して平和になった日本とは違って、この世界は弱者に厳しい。今はまだ子供で、孤児院に保護されている身だから実際の危険は少ないが、あと三年経って十五歳になれば僕達は晴れて大人の仲間入りを果たす。そうすれば僕達は孤児院という盾を失い、弱肉強食の世界で己の力だけで生きていかなければならなくなってしまう。
まだ戦争は終わっておらず、また騎士は地球には存在しない怪物達と殺し合うことだってある。怪物を殺すためには力が必要で、力のない人間はまず真っ先に食われてしまう。
つまり、僕のような無能には生きにくい世界で、逆にスキル持ちのような天才はどのみち簡単ではないにせよ、生き残ることができる世界なのだ。
しかもそのスキルは生まれつき決まっていて、だからランダムでしかない。
要するに、異世界は運ゲーなのだった。
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「……まあ、僕が無能なのは今更だからさ。とりあえず建設的な話しをしないか?」
パンパンと手を叩いて、僕はリズとレオにそう呼びかけた。
「建設的って?」
「だからつまり、―――《十の試練》のことだよ」
《十の試練》とは―――いや、その前に、まず僕達が今暮らしている孤児院のことか。
孤児院―――正式名称《アムセスの孤児院》と呼ばれるこの施設は、ロザリアと呼ばれる王国にある孤児院の一つであるとともに、最も大規模な騎士育成学院でもある。
つまりは、国を守る戦士を子供の頃から時間をかけて育成する機関なのである。
生徒総数はおよそ三百人ほどで、その半数は孤児、残りの半数は貴族が子供を預けているような形を取っている。僕とリズは孤児で、レオとギドは貴族の子供だ。
孤児院の生徒は四人一組での班行動が義務付けられ、僕達四人は「第六七班」と呼称される班だった。
そして、《十の試練》―――これは僕達第六学年生―――学院で騎士道を学ぶ最後の学年――が年の内に終わらせないといけない課題の総称であり、一班につき十種類与えられるテストのようなものだった。それぞれの班の成績によって内容は変わり、十種全てをクリアしなければ、生徒は卒業証と同等に貴族位を手に入れることができず、騎士になることもできなくなってしまう。
生徒の九割九分が騎士になるために孤児院で生活しているので、生徒全員がこの試練を重要視しているのだ。
『回復薬の調合』『翅兎の羽の採取』『二人以上の班員が第二階位以上の霊術を習得する』『ステータスの可視化』『身体強化霊術の習得』『世界観の構築』『霊化の習得』『《常世の森》で永光草を取ってくる』『シスターマリアと戦って五分間持ちこたえる』―――そして、『世界核第三層より響鳴石を取ってくる』
以上が、僕達第六七班に出された《十の試練》だった。
「――で、僕達は九つ目の試練まではクリアできたんだ」
「そうだね。いやぁ、マリねぇとの戦いはキツかったなぁ」
つい数日前の出来事を、一年前のように感傷に浸っているリゼ。まあ確かに、あれはギリギリの戦いだったが―――主に僕が足を引っ張るせいで。
「……まだ十番目が残ってます」
「うん。だから、その対策を考えようよ。ギドはいないけど」
「ふん! どうせアイツはこういうことには参加しないでしょ絶対」
さっきまでの感傷はどこかへ吹っ飛んで、リゼは途端の怒り出す。つくづく、感情の並が激しい少女だった。
《十の試練》最後の一つ――『世界核外界第三層より響鳴石を取ってくる』
これは、歴代の《十の試練》の中でも、難関な部類に入るらしい。
世界核とは、別名ダンジョンとも呼ばれる、天と地を繋ぐ巨大な杭のことだ。その大きさは誰も知らず、また内部面積は外観よりも明らかに広い。そして世界中に幾つも、本体よりも細い杭が突き刺され、それぞれ繋がっているはずないのに、一つの同じ空間に繋がっている。
そして世界核は、巨大な面積でありながら、建造物のように幾つもの層でできている。その内の地下三階、俗に言う『角猪の洞穴』から、僕達は「響鳴石」という霊力と響鳴して音を響かせる石を取ってこなくてはならない。
「一番の問題はやっぱり、魔物よね……」
ポニーテールの髪をくるくるといじりながら、リゼはそう言った。今は場所を変え、人の耳があるために自室へと移動している。
二段ベッドが二つと物置が置かれた、狭い部屋。ベッドの上を椅子代わりに活用して、僕らは言葉を交わす。当然、そこにギドの姿はない。
彼は基本的にこういうのには参加しない。それは僕が嫌いだからという次元の話しではなく、そもそも彼は特定の誰かに心を開いたことはない。
僕とレオはリゼの言葉に頷いた。
魔物。地上から世界核へと迷い込んだ生物が、核の最下層より現れる魔獣の瘴気に当てられて変貌した怪物の総称である。この瘴気は知性のある人間には効かないが、知性がないのであれば、これに当てられることによってその姿だけでなく生物的本能を変化させてしまう。具体的には肉食になる。
そして僕らの目的地である三層に出没する魔物は、『角猪』という、文字通り角の生えた猪の魔物なのだった。ただし子供でも一メートルは超える体長を持ち、その角は突進すれば一軒家を粉々にする威力を持つ。
戦う訓練を受けていない者がそれと出逢えば、またたく間に殺されてしまうだろう。
僕達はそんな怪物と戦いながら、音を鳴らして魔物を呼ぶ石を取ってこなくてはならない。それも、当然誰も死なずに。
「どうにかして、僕を守ってもらいながら倒す方法を考えないと」
さて、そんな難関試練であるが、リゼにかかれば一瞬で片付いてしまう試練なのだった。
リズの持つスキル―――【閃光一線】は、「点」と「点」を繋いで超高速で移動するというものだ。言葉にするのは簡単でも実際は相当強力なユニーク。才能の現れ。僕からすれば羨ましい限りだったが、ともかくこのスキルを利用した斬撃は瞬きをするまに終了し、対象を胴から真っ二つに切り裂いてしまう。
そしてレオやギドさえいれば鬼に金棒。彼らだけならば、一刻経たぬ間に試練は終了してしまうだろう。
しかし、僕がいるせいで弁慶に泣き所というか、むき出しの弱点ができてしまうのだ。なにせ僕は動けない。何度もいうが僕は無能だ。
「ルキくんは最初から外で待ってるとか?」
「それじゃあ駄目なんだって。試練は四人全員でクリアしないといけない。だからいっそみんなで三層の入り口付近で待ってて、同じ試練を受けに来た人から奪うとかどうだろうと思うんだが」
事前の情報で数組の班が同じ日に同じ試練を受けることがわかっているし、幸い他班と争うことは禁じられていない。
「いやいや野蛮だよ!? 暗黙のルールみたいなのあるでしょ絶対!」
「あの」
あーだこーだと二人で言い合っていたが、そこでレオはピンと腕を伸ばしていた。
「じゃあこういうのはどうでしょうか?」
「なに?」
「まず私が霊力を射出して石を鳴らしますから、そのせいで現れた魔物をリゼさんが倒します。リゼさんが戦っている間、無防備なルキさんをギドさんが守りながら、二人で石を採取します」
なるほど。それは名案かもしれない。というか、普通にそれが最上の作戦だろう。
「あー、でもそうすると、ギドがどう動くか心配だな」
なにせ彼は僕のことを嫌っている。僕を守るような役を引き受けてくれるのだろうか。
ならリゼとギドの役を交換すればいいのではと思うが(どちらも天才なのだ。総合的な戦闘力でいえば殆ど変わらない)、倒せる魔物の数は同じでも、リズにはスキルがあるため彼女よりもギドのほうが倒すスピードは遅い。抜けて出た魔物に僕が餌食となる可能性もあるから、ギドに守ってもらうほうが得策である。
「フン! アイツのことなんか放っておけばいいじゃない!」
「同じ班の仲間ですし、放っておくなんてできませんよ」
「うん…………どのみち、ギドの力がないと僕は死んじゃうしな」
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「は? なんだその作戦。なんで俺が従わなくちゃいけない」
案の定、ギドは策に賛同を示さなかった。
「第一、無能の策は信用できねぇ」
ううむ。やはり強引にでもリズかレオを連れてくるべきだったか。
もともと、僕なんかではギドを説得できないだろうから、二人に頼んでいたのだ。しかし二人とも、「アイツが嫌いだから」「ギドさんが怖いから」という理由で拒否されて、仕方がなく僕がギドに話しをしているのだった。
「別に僕の策ってわけでは……………」
「――どのみち、俺は俺がやりたいようにやる。いつも通りな」
僕の言葉を遮って、ギドはそう言った。『俺は俺がやりたいように』。いささか身勝手に思える言葉は、しかしまかり通るものだった。彼はこれまでもそんな感じだったし、それで通用してしまう程度にはなんでもこなしてしまう。横暴が許される権限と強引に通させる実力を兼ね備えた才能マン。それがギドなのだ。
「だから俺に指図するな。そもそも喋りかけるな。――昔の自分を見てるみたいで反吐が出る」
ギドはそれだけ言って前を向いた。
「…………はいはい」
ギドに続いて、僕は顔を前に向けた。いつの間にか随分と進行していた授業。
つまり、今しがたの無価値な交渉は、授業中に行われていたのである。
教卓の前に立つ修道服姿の教師は、魔術と霊術について復習のような形で教鞭をふるっていた。
「―――もちろん皆さんは知っているでしょうけど、この世界には『霊術』と『魔術』という、二種類の世界観を用いた技術体系があります。私たち聖職者が用いる霊術は偉大なる神の逸話を表し、落第種魔獣――俗に言う魔女は、個に存在する思想を魔術として表します」
表す――つまりは具現する。
己の価値観を、質量を持った物質として召喚するのが霊術や魔術の基本で本質だ。よって両者に大きな差異はないものの、その価値観、あるいは世界観と呼ばれるにものよって、そのあり方は変わる。具体的には、世界観が「宗教的思想」であれば霊術、「個人的思想」であれば魔術となる。
そしてシスターの言う「魔女」とは、前世の御伽噺でもあった悪役としての魔女だ。魔術を用いる人間という意味で、その呼称名は落第種魔獣。落ちた人の魔獣。
つまりは、人類の敵。
僕達人間は、魔女のような魔獣と戦う運命にあるそうだ。
魔獣とは、魔女のような魔術を行使する生命の総称だ。世界核の下層――地獄に生息していて、彼らの放つ瘴気が、知性なき生命を凶暴化させてしまう。
「そんな無力な我々に立ち向かう力を与えられたのが、神様なのです。ですから、私たちは主のお導きに従って、魔獣を滅ぼさねばなりません」
が、とシスターは続ける。
「子供である貴方達は、魔物を倒すことはできても、魔獣を殺すことはできません。まあありえないことだとは思いますが、もし魔獣と遭遇したのならば、すぐに逃げ出しなさい――」
それから―――。
授業は合計四十分ほどで終わり、廊下を歩いている最中に、別の場所で授業を受けていたはずのリズとレオがやって来た。
そういえば、この世界でも物事の数え方は前世と近いものがある。
一分は六十秒。一日は二十四時間。一年は三百六十五日。時刻だけではなく例えばメートル法とかグラムとかも日本式である。逆にアメリカなどの海外で用いられていたフットとかオンスなどの数え方はマイナーだった。
「どうでした?」
「だめだった」
「はぁ……………やっぱり……………」
深くため息をついたリズ。
「アイツには協調性という言葉がないの?」
協調性云々というより、ただ不信なだけなのかもしれない。
あまり細かくは聞かされていないが、彼は昔ゴミ溜めのような場所で暮らしていたらしい。曰く、ロザリアと敵対する隣国にある、この世の闇を縮図にしたような場所だったそうだ。
人と人による生存競争。力がなければ容易く嬲られ、殺される。
『ギドさんは強くないと死んじゃうような環境で生きてきたから…………』と、そうレオは言っていた。なればこそ、彼は他人が信用できないということなのだろう。
「ハッハッハ。そう言わんでやってくれよリズベット君」
それからリズのギドへの愚痴が長々と続いていたのだが、そこに一つ、声が被った。
声の主を見た途端、リズの顔は嫌そうに歪んでゆく。驚いたレオはリズの後ろの隠れた。
「……………エドワード先生」
豪快に笑うその人物は、野太い声の印象とは裏腹に細長い面持ちの男だ。
およそ百九十弱の高身長に、短く刈った金髪。四角い黒縁の眼鏡から除く瞳は淀んだ青。白金のカソックに身を包み、愛想笑いのような作り笑いを称える神父の名はエドワード・ウィリアムズ。
ロザリアの騎士の中で、最高位を表す「聖騎士」の称号を持つ存在。そして同時に、かつて異国の貧民街で暮らしていたギドを見初め、養子として迎え入れた人物でもある。つまり、ギドの義理の父親だった。
「ギドとて、根は優しい子なのだ。ただ、過去にいろいろあったからな。私にだってツンケンしている。別に諸君を嫌っているわけではないから、安心したまえ」
ニコニコと笑いながら、神父はこう続けた。
「ああ、君だけは別だぞルキウス・アムセス。君は正真正銘無才能の能無しだからな。彼は君が嫌いだし、私も君が嫌いだ。安心するな精進しろ」
それだけいって、神父は去っていった。声を上げて笑いながら。
リゼはそれを見届けてから、疲れたようにぷはーと息を吐いた。
神父エドワードは素直なことで有名だ。そして実直にして簡素。変に回りくどい言葉回し以外は、基本的に簡潔である。だから嘘をつくことも殆どなく(まあこれは先生全員に言えることだが)、嫌いを嫌いと言える人物だから、僕のような子供にだって、恥じること無く「お前は無能だ」と、平然と毒を吐ける。
そんな神父を僕はそこまで嫌っていないが(というのも僕はそもそも他者にそこまで関心がない。これは転生前からの性格である)、無能にだって平等に接するリズは違うようで、神父に合うたび嫌な顔をしている。
とはいえ、表向きにそれを示すわけにはいかないから無表情を貫いていると自分では思っているらしい。実際には神父とは違った意味で素直なリズがそれを隠し切ることはできず、感情がそのまま表情に現れてしまっていたが。
「いやー。わたしやっぱり先生が苦手だなぁ。表情に出ちゃいそうでハラハラしたよ」
なんていう戯言を聞き流して、会話を続ける。
「でも、なんだかんだいってなんとかなるんじゃない? いつも通り」
「何が?」
「だから試練のこと」
「確かに、そうですね」
「例えルキくんがどれだけ足を引っ張っても、それを帳消しにするくらいわたし達が頑張るからさ」
だから気を落とさないで――と、そう言いたいらしい。
確かに、僕は確かに無能だが、六七班には天才がいる。仮に僕がどれだけひどい迷惑を起こしても、――――というか起こす前に、レオの作戦通りやれば上手くいくだろう。
だから僕は、確証を持って、はっきりと頷いた。
「それもそうだ。まあなんとかなるか」
――――――結論。
僕達は馬鹿だった。否、馬鹿ではなかったかもしれないけど、確かに愚かだった。
子供は魔獣に挑んでも勝てないという、孤児院で当たり前に聞かされた事実。弱者は強者に摂取されるという、当然の如き世界の常識。それでありながら、僕達は、魔獣を見くびっていた。
確かに、僕ら――僕以外の皆は簡単に魔物を倒せた。だけど、魔獣を倒すことはできなかったのだ。
どうあがいても、不可能だったんだ。
僕達がそれに気づいて、あるいは思い出して絶望するのは、今から二日後の出来事だった。