《9》NPC
その後、僕は屋台で買った串焼きを中央の噴水広場で食べていた。
というのも、あの後あのクソッタレな受付のお姉さんが必死にその『実力がかなり高いCランク』を探し回ったが見つからず、明日になってもう一度来てくれと、ギルドに登録するだけして追い返されたのだ。
まぁ、その件については何も言うまいさ。僕という吸血鬼が居るだけでギルド内の空気が悪くなっていることは僕も薄々理解してたからな。屋台のおっちゃんにもちっちゃい串焼き売られたし……。
僕はそう内心で呟きながらも串焼きをかじる。
「はぁ……、ほんと美味いなぁ。ちっちゃいけど」
最後のがなければ最初のため息もないのだがな。
僕はそう言ってその串焼きをバクバクっと口に入れて咀嚼すると、ゴクリと一気に飲み込んだ。
このゲームの中には未だ『空腹度』というものが存在していない。あるいは『満腹度』か。
そのためとりあえず昼だからなにか食べないと、とは思っていてもゲームの中だからかお腹は減らず、正直串焼きも今なら一本で十分だ。
(まぁ、ここまでリアルを追求してるんだ。どうせ空腹度なんて後から追加されるに決まってるけど)
僕はそんなことを思いながらベンチの背もたれへと体重をかけるて――
「おいゴラァ!? テメェ一体何様のつもりだ!?」
突如として、そんな怒鳴り声があたりに響き渡った。
チラリとそちらの方へと視線を向けると、そこにはNPC――現地人の商人の胸ぐらをつかみあげているプレイヤーの姿があり、その背後には数名のプレイヤー達がそれに追随する。
あれは恐らく武器や防具を打っている露店だろうか。
「テメェこんなモンが700Gもするだとォ!? 舐めてんのかオラァ! ぶん殴るぞッ!」
「ほら店主サァン? コイツ切れたらまじ止まらないんすわぁ。だから、ね? 値段とかもうちょいさぁ……」
「こんなボロ装備で七百とかマジ信じらんないんだけどぉ? ねぇそこんとこどうなの?」
見ればその男とその背後のプレイヤー達三人の革鎧は所々が破損しており、十中八九調子に乗って先へ先へと進み、結果として死に戻った、というのが妥当だろう。
にしても――
(ゲームの中だからってはしゃぎすぎだろ……。高いからって店員の胸ぐら掴みあげるとか犯罪だぞあれ……)
僕は背もたれから背中を離すと、少し前屈みになってその様子を窺った。
見れば店主らしいその男性は顔を真っ青にして震えており、その奥さんだろうか? 綺麗な女性がその後でガクガクと震えながらその様子を見つめている。
最初にあのチャラ男たちが奥さんの方が脅しやすそうでそちらへと怒鳴りつけ、それを見た店主さんが勇気を振り絞ってその間に入っていった。そう考えれば辻褄が合うわけだが――
「見てて、気分がいいわけじゃないんだよな」
僕はベンチから立ち上がる。
そして――
「や、やめてっ! おとーさんをいじめないでっ!」
瞬間、周囲にそんな声が響いた。
僕は目を見開く。
見れば――二人の子供だろうか――小さな女の子が、その顔を真っ赤にして胸ぐらを掴み上げているプレイヤーへとそう叫んでおり、そのプレイヤーは頭に血が上っているのだろう。「あァ?」と充血した目でその少女を睨みつける。
「あァ!? NPCの餓鬼風情がプレイヤー様に向かって生意気なんだよ! ぶっ殺されてぇのか!?」
それは、少女へと向けていい言葉ではないだろう。
その少女はその言葉に目尻に涙を浮かべてぺたりと座り込んでしまい、それを見たプレイヤーはその様子が気に食わなかったのか、その胸ぐらを掴んでいたその手を離し、その背中の剣へと伸ばす。
顔は真っ赤、目は充血しており、きっと死に戻ったことが相当気に食わなかったのだろう。まるであたり構わず八つ当たりするただの餓鬼だ。
奴はその剣の柄をガシッと掴む。
そして――
「NPCの癖に生きてる見てぇにしてんじゃねぇよ! どうせただのデータなんだろ!? 試しに俺がぶっ殺してやるよ!」
奴は剣を抜くと、そのまま彼女目掛けて振り下ろす。
アーツは発動していない。ただの力任せの振り下ろしだろう。
それには思わず周囲からその様子を不安そうに眺めていたプレイヤー、NPCの人たちも目を見開き、その両親は必死な顔で手を伸ばす。
彼女は目の前に迫るその剣にぎゅっと目を瞑り――
ガキィィィィンッ!!
瞬間、僕の握りしめた剣が奴の剣をはじき飛ばし、その剣はクルクルと回って近くの石畳の上に転がってゆく。
その男は何が起きたのかもわからずに後ろへと軽く弾き飛ばされ、思わずと言ったふうに尻餅をついた。
「はぁ……、こういうの柄じゃないんだけどな」
僕はそう呟いて背中の鞘へと剣を戻す。
見れば少女は目を見開いて僕の方を見上げており、店主と奥さんは信じられないと言ったふうに目を見開き、僕の姿をまじまじと見つめている。
まぁ、そりゃあ僕は吸血鬼だ。現地人は一目見れば僕の種族がわかるらしいし、きっと彼らの心のうちは不安と困惑と、少しの恐怖が入り交じったものだろう。
けれども――
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
僕はその少女へと、頬を緩めてそう告げた。
吸血鬼でも、出来ることはあるだろう、と。
☆☆☆
軽く周囲を見渡す。
僕の登場に周囲の時は完全に止まってしまったようだ。
咄嗟に助けに入ろうとしたっぽい赤髪のおじさんなんて手を伸ばしたまま固まってるし、尻餅をついたプレイヤーは呆然としたまま目を見開いている。
少女に至っては目を限界まで見開いて僕のことを見つめたまま固まってるし、両親に関してもそれは同じこと。
僕はため息を漏らすと、店主と奥さんに向かって口を開いた。
「そこのお二人さん、この子、二人の娘さんでしょう? ちょっとここは危ないから奥に避難させといてくれませんか?」
「へっ!? あ、ああっ! すまねぇ兄ちゃんっ!」
僕の言葉にいち早く反応した店主さん。
彼はその少女を担ぎ上げるように抱えると、そのまま奥の方へとその少女を連れていった。
奥さんはそれを呆然と見送っていたが、すぐに正気に戻る。
彼女はその二人のあとを追おうとして――
「あのっ、えっと、ありがとうございますっ」
そう、僕へと一礼してから奥へと走っていった。
「……おお、これは予想外」
僕個人としては普通にガン無視されるかと思ったが。
僕はそう考えながら顎に手を当てると、今になってやっと先ほどの三人組が正気に戻ってきたようだ。
「な、なんだテメェは!? こんなことしやがって……犯罪者プレイヤーにでもなりてぇのか!?」
おっと、まだ正気じゃなかったようだ。
僕はその言葉にハッと鼻で笑ってやると、至極当然な答えを返してやった。
「おいおい、少女を公衆の面前で殺そうとしたやつがそれを言うか? なぁ、殺人未遂に児童暴行未遂の犯罪者予備軍さん?」
僕は彼の頭上を指さしてそう告げる。
そこには先程まで青かったマーカーの姿はなく、今そこにあるのはオレンジ色へと変色したマーカーのみ。
それにはそのプレイヤーも驚き目を見開く――が、実を言うと今のはシステム上僕が攻撃されたということになる。まぁ、それで僕が死んだり傷ついていればこの男は赤マーカー、つまりは正真正銘の犯罪者プレイヤーとなっていた訳だが――ガードしちゃったんだよな。残念。
という訳で、犯罪を犯そうとした『犯罪者予備軍』の証である『オレンジマーカー』が彼の上には表示されたわけだが――彼や周囲は見事に僕の言葉を信じたようだ。
「ば、馬鹿なッ!? NPCだぞ!? データだぞ!? ただのゲームだぞ!? なんで生きてもいねぇ奴を殺して罰を受けなきゃなんねぇ!? そんなのおかしいだろうがよ!」
男はそう叫ぶ。
その言葉にNPCたちは彼へと覚めた視線を送り、純粋にこの世界を楽しんでいるプレイヤーたちは額に青筋を浮かべる。
それに対して僕は――
「……何言ってんだお前は。こうして感情を持って、自由に生きて、笑って泣いてここにいるってのは、それは生きてるってことだろうが。僕らと一体何が違う?」
僕はそう、当たり前のことを彼へと告げた。
現実かゲームか、プレイヤーかNPCか、外の人間か現地人か。そもそもここはどこなのか。そんなものは閉じ込められた僕には分からない。
けれどもこの世界の製作者であるゼウスは、ゲームの中へと行こうとする僕へとこう伝えた――『NPCは生きている』と。
ゼウスが関わってるってことは、たぶん創造神の奴も関わっているだろう。そんな文字通りの『人を創った』存在が作ったこのゲームであり、彼らなのだ。
それはつまり、住んでいる場所は違えど僕らと彼らに何ら変わりはなく、皆が皆平等に今を生きているのだ。
(まぁ、そんなのは実際に『神』ってのを見たやつじゃないと信じてくれないとは思うけどな)
僕は内心でそう呟くと、彼らへと視線を向ける。
もう、僕と彼らでは根本的に考え方が違うのだろう、ここまで言っても尚『何を言っている』だの『馬鹿じゃないのか』だの。
確信した――話をしても無駄だろう、と。
僕はため息を吐くと、おい、とドスの効いた声を口にする。
それには思わず三人も口を閉ざし、僕はその隙をみてこう告げた。
「別に正義の味方ってわけでもないが、とりあえず悪いことしたんだ。お前らこの店の人たちに謝れよ。悪いことしたら謝る、それが常識ってもんだ」
僕は淡々と、そう告げた。
さて、皆さんはどちら派でしょうか?
荒くれ者派か、ギンくん派か。