《87》数の暴力
間に合いませんでした!
「で、これがそのアイテムか……」
僕は、手に持った小さな球体を見つめて呟いた。
あれからおおよそ一時間。
延々と続くかに思えた甘々な青春劇も終幕し、彼らがやっとの思いでてにしたアイテムを横から掻っ攫い、今に至る。
……えっ、その道中の描写?
延々と僕のいらいらを描写することになるだろうが大丈夫だろうか? なにを『トレントを倒したら三分の一の確率で入手出来る』ってだけのアイテムに一時間以上かけているのか理解出来ないけどな。最初から言ってくれれば数分で済んだのに。
閑話休題。
「でもって、このアイテムが……」
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樹霊の霧払い ランクD
トレントの体から抽出された、霧を一時的に消し去るアイテム。
使用すると、五分間のあいだ周囲の霧を消しされる。
使い捨てアイテム
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「複数個、必要ってわけか……」
その内容を見て、僕は思わず肩を落とした。
まさかトレントを倒しただけで全て解決、とは思ってなかったが……なるほどねぇ。森の比較的浅い所でトレントを狩りまくって、手にした大量のアイテムで霧を消しながら突き進む……ってわけか。
「……まぁ、僕らには問題なさそうだけどな」
「……!」
そういった僕に、シロは自信満々に胸をはる。
なぜあの依頼を、あのタイミングでシロが持ってきたのか分からなかった。けど今になってわかった。あの依頼はおそらく、種類こそ違えどプレイヤー全員へと仕向けられたものだ。その難易度こそかなりの物だったが、もしもクリアできれば『コレ』が手に入る。
「『紅蓮の円柱』……中に入れたアイテムの使用時間を引き伸ばす、か」
これは間違いなく、この霧を突破するためのアイテムだろう。
試しに『樹霊の霧払い』を円柱の中へと入れてみると、赤い光と共に残りタイムリミット――【五時間】との時間がでてきた。
同時に周囲から霧が消えてゆき、良好となった視界の中で、シロが僕を見上げているのがよく見えた。
「正攻法でアイテムを複数個狙いに行くか、高難易度の近道を突っ走るか……。デスペナを良かったと言えるか分からないけど、随分と時間短縮になったみたいだな」
これで、やっとこさ復讐できる。
僕は換装の指輪で弓を取り出すと、霧が消えたことではっきりと確認できるようになったその人影へと矢を射る。
放たれた矢は寸分違わずその頭蓋へと突き刺さり、倒れていくその『変態魔物』を前に嘲笑う。
「一人残らず、狩り尽くしてやる」
僕のナニを握り潰した罪は重いぞ。
そう笑い、僕は再び弓を構える。
さぁ、狩りの時間だ。
☆☆☆
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謎のアロマ ランクC-
何かを呼び寄せるアロマ。
ランダムで何を呼び寄せるかは変化する。
使い捨てアイテム。
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変態の服 ランクD+
変態が着用していた服。
気配遮断能力がある。
ステータスには変化なし。
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ピエロのお面 ランクE
どこにでもあるピエロのお面。
ステータスには変化なし。
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変なアイテムばっかり集まった。
あれから一時間あまり。
デスペナルティから開放された僕とシロは、変態魔物(名称不明)を狩りに狩りまくりながら森の最奥までやって来ていた。
「でもって、ここが……」
「……!」
目の前を見上げたシロが、不安そうに僕の手を握る。
目の前に佇むのは、巨大な洋館。
まるで絵本の中から飛び出してきたような、シンプルな邪悪さ。まるで魔女でも住んでいるんじゃないかと言わんばかりの様子だ。
「うはー。おっかね」
実は僕、お化けとか苦手でして。
なんか卵を奪われてうっかりやってきてしまったが、ここに来て僕がお化けとか超絶ムリなの思い出した。やっべぇな。
「シロ、提案なんだけど帰らない?」
「!?」
シロが驚いたようにこっちを見上げる。
その瞳にはありありと動揺がみてとれる。あのギンが……!? みたいな目をされたところで現実は変わらない。ごめんねシロちゃん、僕、そんなすごい人間じゃないんです。完璧とは程遠い人間なんです。
「と、いうことで」
早速帰ろうか。
そう口にしようと思った……次の瞬間だった。
『よォォォォゥこそ! 哀れで愚かな挑戦者よォ!』
「『……ッ!?』」
る
周囲へと響いた声に、僕とシロはすぐさま戦闘態勢へと移っていた。
周囲へと視線を巡らせる。まだまだアイテムの効果は健在で霧はない。だから人影でもあればすぐに分かりそうなもんだが……。
『ふふふははははは! どうやらこの私を探しているようだな! 残念! 私はその場には居ない、貴様らが今目の前にしている洋館、その最奥にて寛ぎながら声を送っているに過ぎない!』
……なら、警戒するだけ無駄な気がしてきたな。
思わず武器を収めようと考えたが……直後、大きな音を立てて洋館の扉が開き、思わずビクリと身をすくませる。
そして……その先からゾロゾロと現れた『変態』を前に頬を引き攣らせた。
「な、にを……」
『さぁ、初めての到達者よ、試練だ! タイムリミットは【三十分】その前に我がたもとまで辿り着け! さもなくば……』
ヴォン、と上空へと映像が浮び上がる。
そこには玉座に腰かける一人の男性……だろうか。暗くて顔まではよく分からないが、一人の人物が座っている。
そして、その手には見覚えのある『卵』が握られており……。
『【Lost or Alive】。失うか全てを元通りに生き残るか』
卵を握る手に力が入る。
映像越しにも卵から嫌な音が聞こえてきて、僕は咄嗟に走り出す。
(ん、の野郎……ッ!)
三十分でたどり着けなきゃ『握り潰す』ってことかッ!
僕はアゾット剣を呼び起こすと、最短距離で変態たちの群れへと切り込んだ。
「シロ! 僕の後ろについてこい! 速攻でいく!」
「……!」
シロはコクリと頷くと僕の後に続いて走り出す。
《唐突なイベントが発生!》
どこかで聞いたようなインフォが響き、僕の前に画面が現れる。
【唐突なイベント】
魔人ヒテルスが侵入者を発見!
その侵入者を打ち倒すべく、人質として盗んだアイテムを片手に無数の変態たちをけしかけてきた!
それらをおしのけ、ヒテルスの手からアイテムを奪い返せ!
成功条件:三十分以内に謁見の間へと到達すること。
成功報酬:アイテムの奪還+アイテム強化
と同時に、視界の隅にタイムリミットが現れる。
既に三十分のカウンドダウンは始まっている。
僕が動く方が少し早かったが……それでも、この数をたった二人で切り抜けた上、更にどこにあるとも分からない謁見の間まで三十分でいかないといけない……と、来たもんだ。
「ったく……難易度高すぎるんじゃないか、今回は!」
目の前の変態を切りふせ、開けた空間にすぐさま切り替えた弓矢を連続で放つ。
それでもまだ止む気配のない変態の群れ。
タンクトップ一丁に汗の滴る筋骨隆々。
そんなのが僕……というか、シロを囲んでる絵面はもはや犯罪間際。背後を見るとシロもどこか焦った様子だ。
『フシィヤァキィ!』
「声がキモイ!」
飛びかかってきた変態に回し蹴りをぶちかます。
一体一体は気配遮断が上手いだけで戦闘能力はかなり低い。が、僕の防御力はそんな雑魚でも削りきれるレベルの紙っぷり。つまり、こんな感じで数で押されると十中八九どこかで『落ちる』。
となれば間違いなく卵は割られる。
それだけは、絶対にいけない。
僕はアゾット剣を構え直すと、僕を見たシロが目を剥いた。
「ってことだ。シロ、早速『使う』ぞ」
「……!」
彼女が頷くと同時に、アゾット剣の宝玉が赤く輝く。
今回ばかりは、二人だけじゃ手に余る。
だから、問答無用で召喚することにした。
僕はアゾット剣を目の前の地面へと突き刺す。
同時に赤い光が溢れ出し――。
「悪魔召喚――来い【デモンズグリフ】ッ!」
かくして、新しい『悪魔』が顕現する。
そのベース?
もちろん僕を苦しめた風の化け物――グリフォンさ。




