《84》スライム
偽装モンスター。
それが、この化け物の正体だ。
おそらく本体は、この『化け物』の中に潜んでいる。
きっと今見ている『コレ』よりずっと小さいのだろう。攻撃力……は、僕の防御力がカス過ぎてよく分からんが、一撃でも喰らえばゲームオーバー。
防御力に関しても同じく不明。加えて回避力と命中率は破格の一言。本体部分が見えない以上、攻撃を回避するのも、回避した敵を狙って本体の攻撃を当てるのも容易だろう。
更には、この広範囲攻撃。
「シロ、無事か!」
奴の攻撃が止んだ。
炎から開放された僕はシロへと問うと、彼女はふらりと揺れながらも力強く僕の言葉に首肯で返す。白虎のマント、加えて炎耐性を持った『魂のネックレス』の効果は健在らしい。
『グ、オォォ……』
視界は蒸気に包まれている。
おそらく邪竜からも僕らの姿は見えてない。煙の向こうから『やっと倒れたぜ……やれやれ全く疲れたわー』みたいな唸り声が聞こえてくる。舐め腐ってやがんなこの野郎。
「……どうせ、僕の場合は攻撃くらった時点でお陀仏だ。シロ、ネックレスはしばらくの間シロが持ってろ。僕は……攻撃に専念する」
「……!」
小さな声でシロへと作戦を伝える。
邪竜は未だ、僕らが存命であると気づいていない。
蒸気が徐々に晴れてゆく。
僕とシロは力強く足へと力を込めて……そして、二人同時に走り出す。
『ヴァッ!?』
蒸気の中から先に飛び出したのは僕。
邪竜は驚きに声を上げるが、僕に続いてすぐに煙の中から飛び出して来たシロを見て警戒心を露わにする。
そんな邪竜を前に……僕はただ、瞼を閉ざした。
今回、視界には一切頼れない。
なにせ、見るもの映るものが嘘か誠かも分からない。
そうなれば、自ずと判断が鈍る、決断が遅くなる。
となれば、頼るものなど限られてくる。
(気配察知と……危険察知)
気配察知で大まかな位置を割り出し、危険察知で命に届く攻撃を回避する。
焦るほど不利だが、それでも何もわからないよりずっといい。
大きく息を吐くと、瞼の裏に薄らと光が浮び上がる。
それは、辛うじてシルエットだけ残したシロと邪竜の気配だ。
シロの気配は、辛うじて人型に見える。以前と比べて制度も落ちているのだろう、正確な動きまでは理解できないが、それでも十分に把握出来る。
対して、邪竜の気配。
これは未だに巨大な『竜種』のソレだ。
けれど、それが嘘だと既に理解している。偽装したものだと知っている。
さらに深く意識を沈めると、徐々にその輪郭がぼやけて行く。
視界を封じ、次に嗅覚か閉じる。
徐々に聴覚も遠くなってゆき……やがて、その『形』が明らかとなる。
正確には、奴の正体、か。
「シロ! そいつの正体は【スライム】だ!」
響いた声に、邪竜……もとい、スライムは大きく目を見開いた。
僕がやつの体内に感じた気配、それは間違いなくスライムのソレだ。
心臓部に存在する、ブヨブヨとした球状の粘体。
そこから伸びるようにして細い手足が地面まで到達しており、ちょうどその部分が奴の両手両足の部分になってる。
一般生物における急所、頭部に到ってはスッカラカンもいい所。
その他、体の外周部においても完全に偽物だ。本体は両手両足の部分に通った骨の部分。そして、その中心部にある心臓部だけ。
瞼を開く。
目の前の邪竜は僕を睨んで唸り声を鳴らす。
そして……次の瞬間、横合いから飛んできた『炎の槍』を少し大袈裟に回避した。
「ナイス、シロ!」
白銀色の炎……白虎のソレを纏ったのはシロの装備だ。
彼女はネックレスの能力『銀滅炎舞』を槍へと使用、燃え上がったソレを奴の心臓部目掛けて投擲したのだ。もちろんこうして躱されたけど。
邪竜はシロの方へと恨み混じりに振り返る。
そんな、中。
僕は投擲された槍を素手で掴むと、勢いを殺すことなく体を駒のように回し、さらに勢いをつけて投擲し返す。
『――ッ!?』
シロの投擲に、さらに勢いと正確性の加算された一撃。
それは寸分違わず奴の前足の一つを穿ち、貫いた。
奴の細い前足が半ばからちぎれ、邪竜のバランスが崩れる。
その隙を見逃すことなく突撃すると、焦ったような邪竜はいよいよ【本性】を露わにする。
『ピッギャァァァァォァァァ!!』
「ぐ、うっ……!」
邪竜とは思えない、スライム本来の咆哮。
大音量で放たれたそれは地下水道の壁に反響、気持ちが悪いほどの不協和音を奏でる。思わず顔を顰めて……次の瞬間、眼前へと迫っていた黒い『針』を間一髪で回避する。
「……っくそ!」
不定形の邪竜も鬱陶しい。
が、強いスライムの方が面倒臭い。
邪竜の体を突き破り、無数の『針』が迫り来る。
咄嗟に退避。同時にそれらの針を片っ端から切り落としていくと、生命体の限界を超えて形をゆがめた邪竜は、信じられない体勢から一気に僕へと迫り来る。
普通なら動き出すための予備動作を見て、こちらも対応するところ。
それが、見ただけでは分からない。
だからこそ厄介だし……なにより、コレにスライムの特性まで加わってるとなると厄介が過ぎる。
先程ちぎった足は既に復活している。
本体を倒そうにもそこまで潜り込むのが難しい。
加えてスライム。斬撃系でダメージを与えるには本体の内部にある小さなコアを狙わなきゃならん。これは気配察知がどうのこうので調べられる場所にはない。
つまるところ、いくらこいつの懐に潜り込み、いくら切り裂くことが出来たとしても、運良くスライムのコアへと斬撃が当たらなければ意味が無いのだ。
「面倒臭さだけならトップクラスだな……」
なんでこう……強い奴の次にはもっと強い奴が出てくるんだろう。
別に強いやつと戦った後にそれよりもちょっと弱い程度の相手とか出てきてくれたって全然いいのに。騎士狼にセイクリッドオーガ、ミノちゃん、白虎、グリフォン、そして果てはバカ強スライム。白虎→グリフォンを除いて毎回毎回敵が強くなってきてる。なにこれ嫌がらせ?
「しかもボスでもなんでもないっていうね」
これが中ボスだとしたら、イベントボス、洋館の主はどれだけの強さをしてるのか。考えるだけでも憂鬱になる。
が、決して勝てないわけじゃない。
「とにかく、カラクリは全部解けた」
ならあとは、斬りまくるだけ。
僕は短剣を構えると、目の前の邪竜を睨みつける。
眼前へと迫る邪竜。
奴の攻撃をすこし余裕を持って回避すると、体表を突き破って迫り来る針。すぐさま短剣で切り落として距離を置く。
「近づいて広範囲攻撃……か。厄介だけど……、大丈夫か? スライムってのは体積に限りがあるもんだ」
足元へと視線を向ける。
そこには切り落とされたヤツの一部がドロっとした液体になって散らばっている。先程ちぎった足も回収こそしてないみたいだし……。
「攻撃が当たらないなら、攻撃が急所にあたるまで切り続けるだけ。急所の位置がわからないなら、分かるまで本体の体積を減らすだけ」
簡単に言うと、斬りまくる。
そうすりゃいつかは勝利する。
完全な泥仕合、だけど勝てるならそれでいい。
僕は腕を伸ばして準備運動をすると、こちらを睨むスライムへ向けて笑ってみせた。
「さぁ、やろうか泥仕合。悪いがこういうのは大の得意だ」
生き残りをかけた、泥臭い殴り合い。
そういうのは、ここに来る前からの得意分野だ。




